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july.5.2015 爆弾投下

「ふう……ったく」  課長はため息なのか悪態なのかよくわからない音をだしながらスマホをポケットにつっこんだ。今日は日曜だというのに、呼び出しを食らって朝っぱらから課長のお供。いつものとおり「お披露目」なる活動らしい。正直今日は洗濯をしたかった! 「どうかしたんですか?」 「実巳からの電話。木之下が飛んだってさ」  あんにゃろ。軽い男というか学生だ(男にもなってないような甘ちゃん)SABUROではなかなか人が集まらない、というか環境が邪魔をする。 「女もダメ、男もダメ。お手上げだろうな、実巳も」  女が何故駄目か?わかりきっている、飯塚とミネが原因だ。それと正明。現に俺は面接段階で一人、女子を抹殺している。飯塚狙いが明らかだというから排除したまでだ。  基準以上の「顔」が、働く以外の目的を与えてしまうのだ、バイトの面々に。それは仕方がないだろうと思う。現に俺だって、飯塚が男前じゃなかったらこんなことになっていなかった(言ったら激しく怒るか、落ち込むかのどっちかだから、口が裂けても言えない)  仕事あがりに飲みにいきませんか攻撃。休みの日にどこかいきませんか攻撃。  飯塚→「そんな暇があったら、付き合っているヤツの家に行く」  ミネ→「こうみえて忙しいわけよ。オーナーシェフは」  正明→「無事に卒業したいから卒論に専念です。遊ぶ暇ないんですよね、実際」  だいたい1回目はナニクソ~と闘志を燃やすらしいが、5回目くらいになると諦めが入る。 そのあたりから仕事のやる気が落ちはじめる。  そして居なくなる。  だったら恋愛絡みにならない人材を入れればいいだろう、ミネはそう言ってバイトを男に絞り込んだ。「異性だから面倒がおこるんだ、そうだろ?」と自信満々の顔で。  ミネは一つ大事なことを忘れているーー正明の存在を。  天使の微笑み、いやあれは「キラースマイル」正明の笑顔はかわいいと思うが、それほどグっとくるモンでもないと俺は思う。飯塚もそう。ミネもそう。  どうもあの武器は同年輩にしか効かないんじゃ?最近そんな話をしたばかりだ、飯塚と。 まさか木之下が!玉砕を苦にして居なくなったってことだろうか?  男もダメ、女もダメ。 頬杖をついてボーとしているようにしか見えない課長が俺を見る。これはふざけているのとは違う。今度は何ですか? 「あのさ、休みで悪いんだけど。実巳が言うには「飲食経験者、誰か知りませんか?」ってことなわけ。そしたらさ~目の前にいるじゃありませんか、武本君。 15:00過ぎに可哀想なSABUROの男達を助ける為に行ってくれ」  予想通りの展開です。 「それじゃあ、予想外の話しをしてやろう。俺と渡り合うには3手先まで読めるようにならんとな。まだまだ甘いぞ、武本」 「はあ?」 「今何月?」 「なにを言わせたいんですか?7月ですよ」 「じゃあ、10月いっぱいまで4ケ月。なんとかなるだろうな」 「11月に何かあるんですか?(俺達の誕生月だけどね~)」 「武本、会社辞めろ。10月いっぱいでサヨナラだ」  予想外過ぎて息が止まった。飲みこめないラテが鼻に入って、激しくむせる。 「すごい反応だね。鼻から白いものだしちゃうかと思った。少し見たかったけど」  呼吸を復活させようと四苦八苦しながら、ポケットティッシュやハンカチを駆使している俺に向かって課長は相変わらず呑気でムカツク。  飯塚が辞めて半年と少ししかたっていない。俺は1年半から2年の間は我慢だと思っていた。課長の言うとおり、予想外。こんな展開読み切れるか!と言ってやりたい。 「ちょっと真面目な話をしちゃうとだ。来期から1課と2課が統合されることになる。社長自らの改革だから、流れることはないだろうな。現場がギャアギャア喚いても、嫌なら辞めろと言われるだけ」  たぶん今思い切り嫌な顔をしているだろう俺。1課と2課は仲が悪い。別にクライアントに区切りがあるわけでもないし、やってる業務は一緒だ。競争させることで業績を上げる、その古い体質がそのまま残っている典型だ。  研修の時に叩き込まれる。「隣に負けるな」  そのスローガンみたいなお題目をブツブツ唱えながら日々働くわけだ。個人的に恨みがなくても、課が違えば仲良しにはなれない。  社長の考えは正しい。だって統合したほうが今より少ない人数でも効率的にカバーできるし、新規開拓や基本ベースの維持など役割を細分化すれば、もっと明確になる。 「社長もようやく効率の悪さに気が付いたわけですね」 「まあな」  幾分落ち着いた呼吸にホッとしながら、この先の方向性は何処だ?と気を引き締める。 「統合されれば課長は一人いればいい、ということで、俺は総務に異動になる」 「はあ?」 「面倒のカオスみたいな所になるだろ?軌道に乗るまでさ。だから俺は降りるから束ねるのは一課の三浦だ」  三浦課長ですか。 「あれも仕事はできるんだぞ?変な対抗意識に忠実なだけでな。囲いがなくなったら頑張ってくれるさ」  課長は店員さんに手をあげて追加の意志を伝えた。 「武本ラテのまんま?」 「あ、はい」 「ホットのラテ、あとビール」  あああ?なんだそのオーダー。言っておきますが俺が飲んでいるのは「アイス」ラテです! 「一課の山脇。アレ使えるだろ。だから石川と渡辺で三羽烏にしちゃえば大丈夫。一課2課の確執の次ステップは課内の「若手vsそうでもない軍団」になるだろうな。 あとは三浦が管理すればいい。でもな、このプランがうまくいくのは武本ナシな場合のみだ」 「どういうことですか?」 「俺のやる気なさと異動。次はお前にお鉢が回る。そうなったら一抜けは無理だ。だから今のうちに辞表だせ」 「なんでそんなネタを課長がお持ちで?それに身の振り方まで決まっちゃってるし」 「社長とのホットラインがあるの。俺の入社も縁故ってやつになるな。社長の息子と大学が一緒だった時の出来事がきっかけ。くわしい話はおいおいそのうちに」  詳しく聞きたくありません。知らなかったほうがよかった!そう思うに違いない、そんな気がするから質問しません、補足もいりません! 「盆明けに辞表。2週間ばかり寝かしたあと説得できませんでしたと俺がオープンにする。 飯塚御曹司は家庭の事情で跡継ぎの話しはなかったことになり、共にフードビジネスにチャレンジすることになった、これが退職の理由でいいだろう」 「随分正直ですね」 「石川と渡辺もいい線いきそうだが、もうちょい大人にならないとモテモテにはならん。女子社員は目の保養や玉の輿なんていう話題に飢えている。 そこにだ、元社員のイケメン二人がレストランをやっていると聞けば行きたくなるだろ? なるだろ~~~~?」  ゲッソリしてきた。確かにお客様は有難いが、目的が面倒くさい。 「そこに実巳と、あのちびっこもいるわけだし、料理がうまいとくれば常連さんになっちゃうだろ?」 「そんな簡単にいきますか?」 「女をいかにタラシこんで常連にするか。これをモノにできなければSABUROの未来はない!」  ちぇっ。飯塚の男前が不特定多数に晒されるってことじゃないか。あれ、俺のモノなんだけどなあ~ だよね?俺のものだよね?

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