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今、その時 4

 視界に飛び込んできたのは、真っ赤な髪。 「誰だ? この見慣れぬ女は」  キチが厳しい眼差しで彼女を見据える。 「駄目です! 今ここへ来ては」  慌てて赤い髪の女を隠すように、俺は前に立った。 「何言っているの!? あなた達が今すべきことは喧嘩じゃなくて、王様を看病することでしょう!」  俺の背後から、女はまだ強気に発言する。 「くくっ……この女見かけぬ者だが、一体何者だ?」 「私? 私は……医者よ」 「医者? 医官のことか? 呪い師かと思ったぞ、威勢が良いから」 「キチ殿、この医官に今一度王様を診察させてもよろしいでしょうか」 「ふんっ何度診察しても変わらぬさ。どうせなら医官のジョウも一緒に診察してみろ」  そうキチが言うので部屋を見回すと、蒼白な顔でジョウが立っていた。先ほどまでの穏やかな眼差しは、今暗黒の空のように沈んでいた。 「そうさせていただきます。赤い髪のお方とジョウ……お願いだ。王様を診察してくれ」  キチとその護衛兵が見守る中、王様の寝所に俺は入った。寝室には高熱で、息も絶え絶えに意識を混濁させている幼い王様が横たわっていた。胸に込み上げてくる熱いものを必死に沈めた。 「王様! しっかりしてください」 「……んっ……ヨ……ヨウなの? 」 「はい、ヨウでございます」 「ヨウ……僕……すごく苦しいよ……どうしよう」 「何処がですか。言ってください」 「脚の腫れた部分が特に……あぁでも体中も熱く痛い。我慢できないよ……もう」 「ここですか?」  赤い女が患部を診察するのを、ジョウも隣で手伝う。 「ヨウ……怖い……怖いよ。助けてよ……」  縋るように伸ばされた少年王の幼い手を取り、恐怖に震える指先をぎゅっと握ってやった。 「王様……しっかり……俺が御守りします」  不覚にも涙が込み上げてきてしまった。そっと腕貫で拭い、その場を一旦退き、ジョウと赤い女の診察を受けさせた。 「それで……王様の様態はどうなのだ? 見慣れぬ医官の女と王様の主治医のジョウよ」  キチが意地悪く問うと、二人は暗い表情を浮かべた。 「まさか……そんな!」  思わず声をあげてしまった。 「クククッ……もう手遅れだな」  キチの意地悪な問いにジョウは静かに、悲し気に頷いた。  そんな!ジョウ……それは駄目だ。  赤い髪の女のことを縋るように見ると、悔しそうな表情を浮かべていた。 「今、このまま此処にいたら残念だけど……手の施しようがないの。あぁ元の世界に戻ることが出来たら助かる可能性があるのに……悔しいわ」  何てことだ。間に合わないのか。このまま王様が逝ってしまわれるなんて……そんなのは駄目だ。御守りすると約束したのだ。膝が震え……立っていられぬ。しかし近衛隊長として無様な姿を見せられぬ。必死の思いで揺らぐ躰を奮い立たせる俺に、更に絶望的な現実が突き付けられる。  キチの命令する声が、遠くから無残に聴こえて来た。 「ふふふ……特別に王の死期を看取るために、お前の大事なこの二人の医官を付き添わせてやろう。更にあの世までな……くくくっ」 「なっ!なんてことを」 「お前はこの王宮の習わしを知らぬわけではないな。近衛隊長なら知っているはずだろう。足掻くな」 「死期が近い王は退位するのだ。医官がそう判断した時点で、それは実行される。亡くなるまで北の塔に主治医と共に幽閉し、さらに王亡き後は王の主治医は共に逝くのが習わしだろう。くくくっ、これで今日から私がこの国の王だ!」 「くそっ」 「捕らえよ!そして王と医官を幽閉せよ!」

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