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心は氷の如く 2
「すごく熱が高い……何か冷やすものはないの? 」
赤い髪の女がイライラとした様子で、牢獄の中を行ったり来たりしている。
一夜にして、私たちは幽閉の身となった。
見上げれば遙か高いところに天窓が一つ。
希望の光なんて降りてこないし届かない、暗く寂しい空間だ。
ここは王宮の中の北の塔。
幽閉された者が死が訪れるのを待つ時にのみ使われる場所だ。二間続きの部屋の奥の粗末なベッドに王様を寝かし、赤い髪の女が付き添っている。
「信じられない! 時代錯誤もいいところよ。こんなに狭くて寒い所に私達を閉じ込めるなんて。しかもあのキチって奴って何者よ。まだこの王様は生きているのに王座を奪うなんて!在り得ない!」
「……」
「ちょっとジョウ!あなたもっと怒ったらどう? あなたの大事な近衛隊長さんのことが心配じゃないの? ねぇ……さっきのあれって無理矢理キスしてたわよね? まさかそっち系なの? 綺麗な隊長さんだから狙われてるの? どうしよう。あの人本当は凄く強いんでしょ。なんで刃向かわないの? あんなことされて耐えるだけなんて……歯がゆいわ」
「……少し静かにしてくれないか」
先ほどから赤い髪の女が、この境遇に耐えられないのか、ずっとうわ言のようにしゃべり続けている。その度に私は冷静さを失いそうになってしまうのを耐えているのだ。
ヨウ……
一番ヨウにとってよくない展開だ。キチは……まさかヨウの躰が欲しいのか。前王のようにヨウを凌辱しようとしているのか。もしかして強引に口づけされるのは、今回は初めてではなかったのか。あの瞬間そう思ってしまった。ヨウ……何故もっと私を頼って相談してくれなかったのか。
キチに唇を奪われ驚いて目を見開き、その後恥じるように私から顔を背けたヨウの表情が脳裏に浮かんでずっと消えずにいる。駄目だ……やっと傷が癒えたばかりなのだ。絶対にそんなことがあってはならない。
私とヨウで時間をかけて癒しあってきた躰だ。
それは傷口に塩を塗る行為だ。
頼むから……キチ、それだけはしないでくれ。
あんな目に再び遭う事になったら、今度こそヨウの精神が崩壊してしまう。
胸元の月輪が冷え切っている。絶望の淵に落とされたヨウの寂しい心と呼応するように。
つい先ほどまで、むせ返すほどの緑の香りの中、この腕に抱きしめたヨウの躰。ヨウとの口づけはお互いが清め合うような、吐息の交感でもあった。触れたばかりのヨウの躰に、もう触れることができないのかと思うと焦ってしまう。
どうしたら良いのだ。これでは八方塞がりだ。牢獄の鉄格子の向こうには何人もの兵士の気配がして、ここからは逃れられない……私の力では無理だ。
王様の息も絶え絶えになってしまっている。それに……あの赤い髪の女を元いた場所へ帰してやりたいのに、何一つ出来ない己の不甲斐なさを呪う。
「ヨウ……ヨウ……どこにいる? せめて心だけでも……私と触れ合ってくれ」
胸元の月輪に手をあて、目を閉じて想う。
今は想うことしかできない。だからせめて呼応させてくれ。
ヨウ無事なのか──
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