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心は氷の如く 3
「来い」
低く唸るような声で、そう呼ばれた。
やめろっ!そこはお前が座るべき※玉座ではない。まだ王様は生きているではないか。なのに何故……お前は当たり前のようにそこへ座り、当たり前のように俺を呼ぶのか。
※玉座…天皇・国王の座る席
「おいっ、来いといったはずだ。聴こえないのか」
「……」
「近衛隊長のヨウよ。私はこの日を待っていたよ。なんの咎もなくお前を抱ける日を」
「くっ……俺はそんなこと望んでいない」
「王命だ。可愛がってやろう、美人な隊長さんの躰の隅々まで、とくと見せてもらおうじゃないか」
吐き気がする。
あの日、何の穢れも知らない俺が前王に呼ばれ「脱げ」の一言で人生がすべて捻じ曲げられた日のことを。破瓜の強烈な痛みを走馬燈のように思い出してしまった。その辛い過去が音を立てるかのように躰の中に蘇り、冷たい汗が額を伝い背筋が凍る。
何をしている。
キチ……お前なんかに抱かれる筋合いはない。
俺の躰はジョウのものなんだ。ジョウ以外にはもう抱かれない。
逃げろ。ヨウ!
心ではそう思うのに躰が思うように動かない。キチが発した「王命」という言葉が俺を呪縛する。俺が動かないことにいらついたキチが一歩、また一歩と近づいてくる。俺は一歩また一歩と退く。
じりじりと詰まる距離に、俺は決意した。
雷光でこの男を封じ込め、この場を逃げよう。
王命に背くことになってもいい。
ジョウとの日々は俺に王命以上の幸せをもたらしてくれたのだから。
気がつかれない様に、指先に小さな稲妻を作り、それを静かな息で躰に巡らせていく。
「ふんっ、じれったい奴め」
キチの長い爪が俺の首元に触れようと伸びてくる。
今だ!
その指が触れる瞬間に雷光を起こして、キチを感電させ、この場から逃げようと決意した。
それなのに何故? そんな……まさか!!
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