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「…じゃあこれ持って行ってください」 床に落としたままだったリュックを掴んで持ち上げた。体を上げる際に目眩がして、悟られないようにリュックの中を見るフリをして動きを止める。ただでさえ余裕のある軽い男のキャラが崩れまくってるのに、これ以上格好の悪いところを見られてたまるか。 鞄の中でキャメル色をした革でできたキーケースから、ガチンッと一つだけ鍵を外す。 大人しく待っていた店長に指先で掴んだ銀色の鍵を渡した。 「鍵?」 「家の鍵です。俺、ドア開けられるかどうか怪しいんで…それで開けてください」 「…そんな状態でよくしようなんて誘えたな」 呆れたように言うから、それとこれとは別だと反論しようとしたけれど流石に体力が底をつく。強いて言うなら生存本能。 上手い具合に鍵を渡す事に成功した俺は、スポーツドリンクに蓋をして、もぞもぞと布団に潜り込む。そんな姿に店長は満足そうに頷いた。 「じゃあ、俺は店戻るから。君は水分補給しっかり取って寝とくように」 「…はい」 「……その捨てられた子犬みたいな目やめてくれませんか…?なんだかいつもと違うからやりずらいな。寝とけよ!」 店長が部屋から出て行く。ベッドに潜り込んだままその後ろ姿をずっと見ていた。瞬きしていたかも怪しい。だって、だって。だってだよ? 俺に向けてるあの細い背中は俺のもので、玄関のドアノブに掛けた手も、右回りのつむじも革靴に入れる足だって俺のものになったんでしょ?正式に。 俺以外の誰かが触れたら怒っていいんだ。恋人ってそういうことだよね?違う?ううん、違わない。じゃあ俺以外の誰にも触れさせない。決めた。そうしよう。 夢みたいだ。 ああ、でも本当に夢だったらどうしよう。 「店長」 気付くと声を掛けていた。靴べらで踵を革靴に納めた店長は、すぐにこちらを振り向いてくれた。 「これ…夢じゃないよね…?」 夢だったらもう二度と覚めなくたっていい。このまま。永遠に。夢の中に俺と付き合ってる店長を閉じ込めたままにする。 穴が開くくらい見つめた。早く言って。夢じゃないよ、と。現実だから安心しろ、と。 視線の先の愛する人は、俺の視線を一身に浴びて、白シャツがよく似合う笑顔で笑った。 まるでスポットライトが当たってるみたいにキラキラ輝くその笑顔。初めて見た時、一瞬で視界がクリアになった。 周りが霞むんだ。今だって部屋の中は決して明るくないのに、店長の顔だけはしっかり見える。 だけど今はそのスポットライトさえ忌まわしい。そんなに照らして、店長が他の奴の目に映ったらどうすんの。 俺だけに向けた、俺だけの宝物なんだから… 「その前に、恋人なら普通名前で呼ぶんじゃない?名前、ちゃんと把握してるか?俺は――」 誰かに盗られないように、 これからは大切に仕舞っておかなくちゃ。 …ね? (新人くんside . end)

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