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大正13年7月2日、曇りのち晴れ
初夜を迎えてから3ヶ月
零一様は僕の所に来てくれなくなった
眠れない日々が続いた
いくら、自分を慰めても、撫でてくれる手も、呼んでくれる声もない
昼間、奥様に声をかけられた
「三ツ夜さん」
「何でしょう」
奥様は、浮かない表情をしていた。
零一様のことだと思った。
「話を……聞いてくださらない?」
奥様にそう言われ、庭の温室に二人で話をした。
白いゼラニウムが咲き始めていた。
「初夜を迎えて……一週間くらいは夜を共にしました。でも、それを過ぎた頃から、全く抱いて下さらなくなりました」
突然の告白だった。
その日から僕の家には来てくれなくなった。
「私、嫌われているのかしら……」
ポロポロと白い頬に涙が流れる。
痛いほどに分かる不安。
僕は芳子様を恋敵だと思ったことはない
芳子様はこれからの鷹取を担う大事なお方
僕は零一様も、芳子様も、……お子様も守りたいと思っている
「心配しすぎです」
僕はハンカチを渡す。
華奢な手がそれを受けとる。
「芳子様とお会いした時、零一様は素敵な方だとおっしゃっていました。あなたとなら、良い家庭を築けていけると思ったはずです」
「本当に……?」
「僕は仕えている方々に嘘をつく薄情な使用人ではありません」
芳子様は花が開くように笑顔になった。
「……ところで、芳子様は何故僕にお話ししてくれたのですか?……男よりもメイドに相談された方が良かったのでは?」
「だって……二人は小さい頃から一緒だって言ってたから。それに、零一様があなたを呼ぶ声に友情以上のものを感じるんだもの」
僕はひゅっと息を呑んだ。
心臓を鷲掴みにされた気分だ。
「初夜にそれを言ったら、零一様ったら、『そんな風に君には見えるのか』って照れてたわ」
芳子様は無邪気に僕たちの関係を暴いている。
女とはこんなに聡い生き物なのかと、僕は怖くなった
これが零一様が来なくなった理由だったのだ
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