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いらっしゃいませ平凡くん/美形大学生×平凡高校生
土曜日、コンビニへ牛乳を買いに行った帰りに見かけたその人は黒猫を抱いていた。
別に猫とか動物とかそんなに興味ないんだけど。
目が離せなかった。
こんなに心が引き寄せられたのは初めてのことだった。
その人の名前は三神 さん。
ギャルソンっていうのかな。白いシャツに黒いベスト、腰から下は黒いエプロン、細身の体によく似合うその恰好で、いつも親切丁寧にお客さんと接していた。
三神さんは喫茶店でバイトをしていた。
水・金の夕方に行けば必ずいて、土日はいたりいなかったり。
マスターが呼んでいるのを聞いて名前を知った。
快適な広さで居心地がいい店内を行き来する三神さんは綺麗だった。
二か月前に黒猫を抱いた三神さんがこの喫茶店へ入るのを見かけて、その日から、おれはちょこちょこ店に通ってる。
これってストーカーかな?
恋かな?
高校三年生、専門学校を進路希望にしている、目標は介護士の資格をとること。
趣味も夢も特にないから人の役に立って、安定した仕事に就ければいいと、そう考えて、そう決めた。
恋愛経験ゼロ。
もう結婚して子供もいるねーちゃんに「あんた生きてて楽しいの?」ってよく言われる。
友達いるし、生きてるの、それなりに楽しかったけど。
うん、最近、もっと楽しいかも。
「いらっしゃいませ」
三神さんを見てるとどきどきする。
寝る前に三神さんを思い出してふわふわする。
水曜と金曜、放課後になれば三神さんに会えると思うと、むずむずする。
帰り道のいつもと同じ空がこんなに青く澄んで見える。
視界に馴染んだ街並みが生き生き動いてる。
ちなみにだけど。
三神さんとおしゃべりしたことはない。
別に仲よくしなくても、喫茶店で働く三神さんを見ていられれば、それで……。
「最近、よく来てるね」
爽やかな色のクリームソーダをコトンとテーブルに置いて、そのままいつものように店奥へ去るかと思ったら、そうじゃなくて。
いきなりいつもと違うことが起こってあわあわしているおれに三神さんはくすっと笑う。
「君みたいなお客さん、珍しいから」
「あ……そうですか?」
「うん。高校生?」
「あ、はい、三年です」
「そう。ゆっくりしていってね」
そして三神さんは店奥へ。
その日から三神さんはおれにちょこちょこ話しかけてくれるようになった。
「この店、そんなに気に入ってくれたんだ?」
「あっ……ほら、うるし、黒猫のうるしがかわいいから」
カウンターで常連客に撫でられている、マスターの飼い猫、黒猫うるし。
「その割にはあまり触ったりしないよね?」
「……見てるだけで十分なんです」
そう。見てるだけで十分だった。
でもこんな風に話すようになると、もっと、もっと、三神さんのことを知りたくなる。
買いたいものがなくて月のおこづかいは貯金していた、なかなかな額になってる、だから喫茶店に通っても問題ない。
お母さんはちょっと不思議がってるけど、ばんごはんには間に合うよう帰るし、ちゃんと食べるし。
クリームソーダ、コーヒーフロート、三種類のアイスクリーム、ひんやり甘い食べ物はそんなにお腹にたまらないから。
「由井 君って面白い子だね」
マスターは常連客とおしゃべり中。
三神さんはおれがいるテーブルそばにトレイ片手に立って、綺麗に笑う。
さらさらな長めの髪はうっすら茶色、染めてるのか、元からなのか、そんな自然な色。
167センチのおれより身長は高くて、170代の真ん中くらい、かな。
ピアスとか、指輪とか、アクセサリーものはつけていない。
「三神さんは大学生ですか?」
「うん。そこの教育学部に」
「先生、目指してるの?」
こんな綺麗な先生がいたら勉強に集中できないよ、絶対。
「先生じゃないけど。卒業したら大学院に進んで、臨床心理士、目指す予定」
臨床心理士。難しそう。
どんな仕事かよくわからないけど、何となく、三神さんに合ってそうな気がする。
「由井君は? 将来は?」
「おれは専門学校行って、介護士になろうかなって。あんまりしたいこと、なくて。安定して、誰かの役に立つ仕事、しようと思って」
「堅実だね。立派だと思う」
カランコロン。扉のベルが鳴った。
「あ、じゃあ行くね、いらっしゃいませ……」
今日はもうおしゃべりできないかな。
「にゃー」
あ、うるしがきた、三神さんに「うるし目的」って言ってるから撫でとこっと……。
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