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痴ヒーロー悪戯伝-9

俺様、七狗は何を隠そうマッドサイエンティストだ。 世界征服を第一目標に掲げる悪の組織「コックローチ」でこつこつ禁断の実験を繰り返してはどぎついクリーチャーなんぞを生みこしらえてきた。 だけどさ! ある日突然世界中に湧いて出たゾンビのおかげで今やどこもかしこも終末黙示録ひでぶ状態! 昔通り朝昼夜実験に没頭できるってわけにもいかなくなっちゃった! それでも毎日こうして缶詰ごはん食べて時々大好物のレモンパイも食べれたりなんかして八時間きっちり安眠できるのは。 「七狗、アタシにもレモンティーお願い」 零様のおかげだ。 コックローチの大幹部、黒軍服に赤腕章、プラチナの髪、隻眼でアイパッチ、折れそうなピンヒールの革ブーツ、モンスター級の怪力持ち、そして謎の女言葉。 天才鬼才奇才な俺様が唯一尊敬してる、ゾンビ化を防ぐ抗体だってつくっちゃう、何だってさくっとできちゃう、つまりMr.パーフェクト!! 『零様っ、ヒーローのプライド即ズタボロにしてやる毒薬作りましたっ』 『でかしたわね、七狗』 『零様零様っ、暇だったから惚れ薬作ってみましたっ』 『アタシには必要ないけど買い手はごまんといそう』 零様だったら、うん、そろそろネクタイの結び目からは卒業、五秒は目を合わせても大丈夫っぽいぞ。 『コックローチ自慢のマッドサイエンティストね』 十秒超えは無理だけどな! ゾンビが日夜問わず蠢く世界になって強化されたアジトのバリケードだったけど。 「あ」 たまに野良ゾンビが入り込んできてはセンサーに引っ掻かって警報が発動する、今も耳障りなサイレンが鳴り渡って俺様げんなり、モブ兵が始末してくれるから放置してて構わないんだけど、やっぱうるさい。 「集中できん」 現在、アジトの片隅にある俺様専用ラボで友達のカラス相手に神経衰弱なるトランプゲーム真っ最中。 「ん、これか?」 カラスが嘴でツンツンしたトランプを二枚捲ってやれば、げげげ、合ってやがんの。 レモンパイが乗っかったお皿をそばに、白衣をだらしなく広げて床に腹這いになって、記憶力が半端ない優秀カラスの連続好プレーにしかめっ面になっていたら。 がたがたがたっ 「へっ、誰だろ、零様っ? んっ、なんかくさっ……あっ、うぎゃーーー!!ゾンビきたーーー!!」 今日の当番誰だよッ、モブ兵手ぇ抜きやがったなッ、こんな内部にまでゾンビ侵入許すなんて!! 雑然としたラボに現れたゾンビは一体、ひぃぃっ、眼球ぶらんぶらんしてるッ、ひぃぃぃッ! 「あ、あっち行け! しっしっ!」 あくまでもマッドサイエンティストな俺様、つまり実戦には不向き、一応護身用にショットガンは持たされてるけど使い方わからん!! つぅかどっか別んところからも悲鳴が、ゾンビそんな侵入してんのか!? なんで!? 「こここ、これ、どうやって引き鉄っ、あれっ、動かない、ぜんぜんビクともしない!!」 「安全装置がかかってるんだよ」 「あ、そっか!! でもどうやって外すんだよ!?」 「こうやって外すんだよ」 慣れないショットガンの扱いにわたわた困っていたら、後ろからそっと伸びてきた両手が強張る俺の両手に重なった。 って。おい。 「あ、あ、赤紫ぃぃッ!? お前なんでここにッ!?」 敵のイケメンヒーロー(でもド変態)の赤紫の出現にさらにぱにくりかけた俺様だったが。 「七狗、集中して、目の前の敵から視線を逸らしたら駄目だよ?」 俺様の一番の敵はお前だぞ! 「眉間を狙って」 「あぅぅ……」 「奴等は鈍い。ほら、両腕を力いっぱい伸ばして、踏ん張って、神経を研ぎ澄ましてごらん」 「う、うん……っ」 気に喰わねーけど、アホみたいに落ち着いてる赤紫の言葉に従って、ゆーらゆーら真正面からやってくるゾンビに意識を集中させて。 バン!!!! わ……っわあああ! ゾンビ倒した! やったああああ! 「俺様ゾンビ倒せたぞ!」 「うん、すごいね、七狗」 「俺様すごい!? えらい!?」 「うん、すごい、偉いよ、七狗」 無駄にイケメンな赤紫に頭をナデナデされて、俺様……我に返った、違う違う、コイツ敵だし、天才鬼才奇才な俺様を褒めていいのは零様だけ!! 「お前なんでここにいるんだ!!??」 俺様が喚けば、赤紫、実験台に腰かけて嫌味ったらしく長い両足を組んでからのご回答。 「とある情報筋からゾンビ化を防ぐ抗体がココにあると聞いてね」 「ッッそ、そんなもの、あああ、あるわっっ、あるわけっっ」 「失敬しにきたんだよ」 「お前ほんとにヒーローか!?」 「ついでにゾンビを何体か呼び寄せて、パニックを起こして、その隙に頂ければと思ったんだ」 「えげつな!!」 俺様、ゾンビを撃ったばかりのショットガンを赤紫に向けた。 「この下衆ヒーロー! ゾンビ連れてこっから出てけ!」 「七狗も来る?」 「っ……俺様の居場所はここだもん!」 「僕の懐が君の居場所じゃないの?」 ショットガンを向けられていながらクスクス笑う赤紫、こ、怖い、ゾンビより怖い!! 「僕の眉間を狙える?」 「う……っううう……!」 「いいよ。君になら喜んで殺されてあげる」 「ううう~……!」 「無理しないの、七狗」 天井際の棚上で事態を見守っていたカラスが飛び立ったかと思えば、いつの間にラボを訪れていた零様の肩に着地した。 「零様ぁっっ」 「いけ好かないウザヒーローね、赤紫?」 ピンヒールに引っ掛かっていた腐肉を華麗に振り落した零様に「オネェに用はない」と赤紫は冷たく言い放つ。 「僕はココから抗体と七狗を持ち帰る、邪魔するなら始末する」 どっちが悪い奴なんだ!! 「七狗おいで?」 「絶対やだ!!」 「フラれちゃったわね」 「オネエは黙れ」 「変態は今すぐ消えなさい?」 「あーーーっゾンビきてるーーー!!」 ラボにゆーらゆーらやってきたゾンビ、六体、おいおい、このアジトもう駄目なんじゃ、伍魅とか他のモブ兵ら大丈夫なのか!? 怪力持ちの零様はラボ掃除用のモップを片手に携え、赤紫は自前のショットガンを両手で構えて。 二人は互いに背中を預け合った。 「どこかのウザヒーローがバリケードに穴をつくったおかげでこのザマだわ、責任とりなさい」 「確かにこれほどまでにゾンビが湧くのは誤算だった」 「零様ぁ、赤紫ぃ」 「そこにいなさい、七狗?」 「君のために生き残ってあげる、だから安心していいよ、七狗」 この二人が限定的にとはいえ手を組むなんて、ちょっとだけゾンビに同情するぞ……。 ちょっとだけでもいいから役に立ちたくて無茶したのが間違いだった。 びしゃあ! 「わーーーーっ毒薬かぶっちゃった!!」 「何やってるの、七狗!」 「七狗、大丈夫か!?」 ゾンビにぶっかけるつもりが、緊張で手元が狂って自分自身に瓶を落っことして毒薬もろかぶりっっ、デジャブかっっ!! 「うえええんっ、これ何の毒薬だっけ、もうショタ化したくなぃぃ……っ」 朦朧とする意識の中、かろうじて瓶から剥がれかけのラベルを見、俺様はぎょっとした。 ラベルに記された「惚れ薬」の文字がゆらゆら揺れて、消えた……。

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