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Sick Love/陰キャ風めがねくん×陽キャ風ヤンデレ美男子くん
いわゆる家庭の事情というやつで生まれ育った土地から引っ越し、高校二年生の三学期、一学期の中旬、私立の学校へ転校した彼女は不安でいっぱいだった。
「××さん、席はあそこね」
優しそうな女性の担任、自己紹介でガチガチだった自分を和やかな雰囲気で出迎えてくれたクラスメート。
ちょっとだけ不安が紛れた彼女は自分の席へ向かったのだが。
隣のクラスメートに思わずギクリとしてしまった。
男子生徒だった。
片頬杖を突き、やたら背中を丸めて俯いていて、具合でも悪いのかと気になってしまう。
無造作に伸びたやや長めの真っ黒髪で、前髪が黒縁眼鏡にばっさりかかっていた。
マスクをしていて口元はわからない。
暖房がしっかり効いた教室で、学校指定であるエンブレムつきのネイビーのセーターを腕捲りし、やたら青白い肌が際立って見えた。
何だろう。
怖いというか、おっかないというか、近づきがたいというか。
そんなわけで会釈の一つも寄越してこない隣のクラスメートに彼女はすっかり萎縮してしまった。
「どの辺に住んでるの?」
「二時間目は移動だから案内するね」
朝のホームルームが終わると、一限目の授業の教師がくるまでの間、近くの女子に話しかけられて彼女はほっとした。
ただ、今は机に俯せて寝ている隣人が気になって、あんまり騒ぐと怒られそうで、しどろもどろに受け答えしていたら。
「本当に転校生きてる」
びっくりした。
いきなり目の前に現れた彼に不安も忘れて視線を奪われた。
「うん? 緊張してる? ここのクラスって和む系で、変にテンション高かったり協調性大事って力んでもいないし、きっとすぐに馴染めるよ」
触れればさらさらしていそうな真珠色の肌に馴染むブラウンベージュの天然茶髪。
繊細な睫毛の影を落とし込んだ、白けた蛍光灯の明かりを反射して宝石の原石みたいに艶めく双眸。
リップクリームのお手入れも不要なくらい瑞々しく潤う唇。
「俺ね、隣のBクラスの隼瀬彼方 っていいます」
前の学校でも、これまでの生活圏内にすらいなかった超上級ルックスの隼瀬に彼女は赤くなってしまう。
ただ。
隼瀬が隣の席に腰かけていることにヒヤヒヤして仕方がなかった。
「由姫野 はおねむかー」
隼瀬が隣の男子生徒の頭を撫でると内心おろおろした。
「××さん、もしかして由姫野くんのこと怖がってる?」
言い当てられて肯定できずに返事を濁していたらクラスメートの女子二人は揃って笑った。
「見た目はちょっと怖いかなぁ」
「そうそう、見た目はね、でも由姫野くんってーー」
「××さんって、どこから引っ越してきたの? おうちはどの辺? 動物飼ってる? 猫とか飼ってない?」
隼瀬は人懐っこそうな笑顔を浮かべて彼女に矢継ぎ早に問いかけ、話を遮られた女子二人は何ら気にするでもなく華のある人気の同級生に調子を合わせた。
予鈴が鳴った。
授業担当の教師がやってくるまで、隣のクラスの隼瀬は隣席に座って彼女に他愛ない話を振り続け、いつの間にやら他のクラスメートも周りに引き寄せていた。
「あ、先生来ちゃった、じゃあね」
教師が教室を訪れて隼瀬が去ってから。
由姫野はのそりと頭を起こした。
外していた眼鏡をカチャリとかけ、欠伸を一つ、そして気怠そうに横を向いた。
クマびっしりのクソ険しい目つき、殺人鬼の如し。
より一層怯えた転校生に寝起きの少し掠れた声でマスク越しにボソリと呟く。
「……はじめまして」
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