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Sick Love-2

彼女が新しい学校に転校してから約一ヶ月が経過した。 「……俺にくれるのか?」 その日はバレンタインデーだった。 朝、破裂するんじゃないかというくらい胸を高鳴らせて登校し、すでに教室にいた隣人の由姫野にチョコレートを渡した。 義理だと言って。 親しくしている女子にも渡すし、隣の席で一番お世話になったからと。 「ありがとう」 本当は好きになっていた。 本当は父親と母親に離婚してほしくなかった、でも両親の気持ちを優先したくて、自分の正直な思いは子供っぽい身勝手なワガママに違いないと押し殺した、その反動なのか、この数ヶ月、彼女は不意に泣いてしまうことがあった。 一回だけ、授業中の教室でも堪えきれなくて泣いていたら。 由姫野は黙ってタオルハンカチを彼女の机に置いた。 授業が淡々と行われる中、隣人だけが彼女の涙に気付いた。 最初は怖くておっかなかったのに。 第一印象は無愛想な陰キャでしかなかったのに。 この一ヶ月、同じ教室で同じ時間を過ごして、一体、彼の飾らない優しさに何度救われたことだろう。 本命だと打ち明けるのはまだ怖くて無理だった。 だから、笑って、みんなのいる教室でさり気なく手渡した。 昨日の放課後、商業施設の特設コーナーで一時間近く悩んだ末、手作りにしたチョコレートを。 「いいなー」 渡すことができて安堵していられたのも束の間のことだった。 彼がやってきた。 「あっ、隼瀬くん、おはよ、チョコあるから待ってて」 「わたしもっ、わたしも隼瀬くんに渡すっ」 隣の教室からやってきた隼瀬にクラスメートの女子は色めき立ち、男子は笑って茶化したり、ほとんどの生徒が愛され系の陽キャラである彼のことを持て囃す一方で。 「由姫野、××さんから手作りチョコもらったの? 俺も××さんからの手作りチョコほしい」 由姫野と自分の間に立った隼瀬に無邪気にせがまれて彼女は言葉を失っていた。 「もしかして本命チョコだったりする?」 問われた彼女は咄嗟に首を左右に振った。 「じゃあ、いっこ、もらってもいい?」 彼女は……みんな全員騙されてると思った。 「リボン、かわいい、それに丁寧なラッピング、××さんって器用なんだね」 由姫野に渡したチョコレートの包装を平然と解いていく隼瀬の人間性を疑った。 「いただきまーす」 とんでもない化け物なんじゃないかとすら思った。 「隼瀬、さっきのは……」 「うん? 由姫野のために毒見してあげただけだよ?」 「…………」 隼瀬の父親は中心市街地に土地を多く所有する地主で不動産賃貸業を営んでおり、その内の一つの雑居ビル、以前に住居スペースとしてリノベーションした一室を息子に好きに使わせていた。 繁華街の雑然とした裏通りに建つ鉄筋コンクリート五階建て。 二階から四階にかけて古着屋に美容室、隠れ家的なカフェバーなどの飲食店が入っており、最上階が隼瀬の巣になっていた。 エレベーターはなく、味のあるレトロな細い階段を上り、テナント募集中の空室を通り過ぎて突き当たり、古めかしい押しボタンのチャイムに暖か味皆無の鉄扉を開けば。 間取りは2Kの部屋に出迎えられる。 食事をするには手狭ながらも冷蔵庫やガスコンロを設置したキッチン、洋室が二つ、風呂なしのこぢんまりしたシャワールーム、もちろん冷暖房つき、収納スペースもあった……。 粗削りなデスシャウトと甘いハイトーンボイスが合わさったバックミュージックが流れる中、狂気の殺人鬼に嬉々として切り刻まれていく準新作ホラー映画の犠牲者達。 大好きな断末魔が大音量で響き渡る中、居心地のいいソファに腰かけた由姫野のお膝に隼瀬は座っていた。 二人とも制服のままだった。 テレビに背を向け、悲惨な音色に鼓膜をゾクゾクさせながら、好きで好きで堪らない同級生の上で隼瀬は腰を振っていた。 表では人当たりのいい、人好きのする、誰にも分け隔てない性格で愛されキャラを突き通しながら。 裏ではスプラッタやらソリッドシチュエーションやらグロテスクなホラーでハァハァな性生活を自分なりに満喫する日々を送っていた隼瀬は。 高校の入学式、春めく教室でダークな雰囲気を撒き散らす由姫野を一目見るなり恋に落ちた。 初恋だった。 俺の王子様。 好き過ぎてどうにかなりそう。 眼球も内臓も根こそぎ由姫野に捧げたい。

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