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【狼】満月の夜は別の顔/満月の夜だけ狼上司×クールビューティー部下

経理課の(さえ)係長と斐川(あやかわ)主任はできている。 「係長、この計算、間違っています」 「あ、うそ、すみません」 「あと決裁の押印、欄がずれています」 「あ、本当? それは失礼しました」 冴係長は毎日必ず何かしらミスをする。 その尻拭いをするのが決まって斐川だ。 「主任、毎日大変ですね」 「本当、冴えない人ですよね、冴係長」 デスクに戻ると他の事務員からお疲れ様ですと労われ、斐川は、軽く肩を竦めてみせた。 三十二歳、独身、清潔感と眼鏡を終始欠かさないクールビューティーな斐川、パートタイマー事務員達にとって視線とゴシップの拠り所。 「あ、お茶こぼしちゃった」 四十一歳、同じく独身、ネクタイとシャツの組み合わせがいつも同じな外見に無頓着男の冴係長、職員達にとって暇潰しの陰口と苦笑の拠り所。 昼、二人は大体連れ立って食事に出かける。 休憩室でパートタイマー事務員達は小声できゃっきゃと係長と主任の話題をおかずにして手作りお弁当を食べる。 「主任の過保護ぶり、あれ、溺愛してるよね」 「嫌な顔一つしないで世話してあげてさ」 「夜になったらベッドでお仕置きしてたりして」 さて夜になった。 冴係長は残業で居残る職員達に「じゃあお先に」と言って退けて足早に退社しており、最後まで残業で居残っていた斐川は雑然としていた係長のデスクをさっと片付け、フロアを後にした。 今宵は月齢十五の満月。 外に出れば、高層ビルの向こうで闇夜にぽっかり開いた穴の如く、ぽつんと冬のフルムーンが浮かんでいた。 斐川は自宅ではなく先に帰った冴係長のマンションへ向かった。 持たされている合鍵を使い、五階建て最上階の角部屋のドアをかちゃりと開ける。 1LDKに明かりは点されておらず薄暗い。 まるで無人のようにシンと静まり返っている。 斐川は少しも気にせずに革靴を脱いで揃えると、彼もまた明かりを点けずに慣れた足取りで中へ進んだ。 キッチンとダイニングにも冴係長の姿はない。 服だけがラグの上に散らばっている。 開け放されたカーテン、隙間から降り注ぐ月明かりに照らされて、まるでこれから何か事件でも起こりそうな。 がたんっ 鞄をソファのそばに下ろした斐川が向けた視線の先には寝室のドアが。 眼鏡のレンズに月光を反射させて、斐川は、ゆっくりとコートとスーツを脱いだ。 アイロンの効いたワイシャツ姿で、ネクタイは緩めずに、脱いだ服をソファの背もたれに丁寧にかけた。 音もなく床の上を進んで寝室のドアの取っ手を掴み、開いた。 きぃぃぃ……という僅かな軋みがやけに大きく室内に響いて、消えた。 「グルルルルルルル…………」 寝室の中にいたのは狼だった。 そう。 冴係長は狼人間だった。 満月を凝視すると狼になってしまう。 会社では恋人の斐川だけが知る冴係長の秘密だった。

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