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第1話《出会い》

柔らかく暖かい風が吹き抜ける5月のはじめ頃。 高度経済成長期真っ只中、多くの家電製品が家庭に普及し始めたころだが、便利な携帯電話などはまだまだ瞳に映ることもなかったこの時代。 私立大学付属高校の図書館、そこからひとつの恋が始まろうとしていた。 この春から、図書委員に選ばれた高校三年生の楠木満は放課後、月当番の仕事である本棚整頓を静かにしていた。 その時、突然慌てたようにすれ違う長身の人物の腕に当たり、身体のバランスを崩してしまう。 「あっ、ごめん! 大丈夫か?」 よろめいた小柄な満の身体を、反射的に大きな腕で抱きとめるように庇う人物、その慌てて声を出した生徒を満は顔だけ知っていた、この学校の生徒会長だ。 生徒会長は、昨年の生徒会長投票選挙で、他の生徒に大差をつけて代表となった人物。 生徒集会などで生徒の代表として舞台に立つことがあるため遠目には知っていた。 いつも生徒の輪の中心にいる姿からもかなり人徳のある生徒なのだろう。 しかし、満は他人に興味がないため、生徒会長の顔をはっきり見たのは初めてだった。 その顔は、面長で鼻筋が通り、綺麗に整った男前な顔立ちをしており、屋外スポーツをしている者らしく健康的に焼けた肌色、日本男児の平均身長を十センチは下回る満をすっぽりと包めてしまいそうなくらいの背丈があった。 身体的特徴にコンプレックスのある満は、生徒会長の男らしい体つきに劣等感を抱かずにはいられない。 「……失礼しました」 静かに身体を離しながら、無表情で満は謝り離れようとする。 しかし、生徒会長は、そのままピタっと動きを止めて満を凝視する。 小柄な姿……、深緑の瞳。 「何ですか」 「……あ、大丈夫か? キミ、図書委員?」 怪訝な顔をして睨んでくる満を見て、我に返って言葉をかける。 「……」 満は会話を避けるようにその場を去ろうとする。 「あ! 待って、キミ」 「大丈夫ですから」 呼び止める会長に、満は感情のない表情で俯き、奥へ行こうとする。 生徒会長は避ける満をさらに呼び止める。 「いや、違うんだ。その本探してて、キミ、借りるのかい?」 満が腕に抱えている本を瞳でさして聞く生徒会長。 「……いえ、どうぞ」 やはり、無表情でポツリと言葉をだして、満は本を渡す。 「ありがとう」 優しく微笑みながら軽く頭を下げる。 無機質な満から違う反応を得ようと、生徒会長は差し出された本を受け取る際、わざと手の上から本を持つように満の片手に触れる。 「何ですか……」 キッと警戒した目つきで、相手を睨に返す。 整った顔が鋭く変わる。 ようやく反応が返ってきて心のうちでは喜びながら、生徒会長は何事も無かったように本を持ったまま言葉をかける。 「どうして敬語なんだ? キミ、同学年だよね?」 「……」 その質問を無視して、満は生徒会長に本を押し付けて立ち去ろうとする。 そんな満に試すように言葉を投げる。 「くすのき みつる」 「!」 教えていない筈の名前を呼ばれ、少し驚く満だが、表情にはあまり出ない。 振り返って再び会長を瞳に映す。 「あ、やっぱり。噂聞いた事あったしね、確かに……」 小柄な満、色白で綺麗な顔立ち、日本人離れした深い緑色の瞳、それに似合わない黒髪、その瞳の色を隠すように前髪が伸びている。 「……」 実感し納得したように頷き、満を見つめる生徒会長。 満はやや眉間にシワを寄せ、不信感をつのらせて後退りし、生徒会長の前から逃げるように図書館から走って出ていく。 その姿を眺めながら呟く生徒会長。 「……人形、みたいな奴」 ほとんど感情を持たない表情、まったく他人を信じていない、決して笑顔を見せない。 「あれが、くすのきみつるね」 そう久弥は言葉にしてみる。 心の中では、この相手を何とか笑わせたい、かたくなな満の心を崩してみたい、そんな興味が湧いてくるのだった。

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