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第2話
次の日、放課後の図書館。
満は、また当番のため本棚の整頓をしていた。そこに生徒会長が何気なくやってきて声をかける。
「やっぱり図書委員だったんだ」
「……」
特に、何も思わないという顔で、満は会長を一度見て、また本棚の整頓に戻る。
しかし、気にする様子もなく会長は昨日借りた本を持って話し掛ける。
「あ、これ、返却なんだけど」
「カウンターの者に言ってください」
「ふーん、噂通り」
満は表情を変えず、久弥を瞳に映すことすらなく淡白に答える。
女子みたいな姿で緑の瞳、成績優秀だが無愛想。
その姿は囁かれていた噂通りの姿だった。
「……何ですか」
なかなか立ち去らない生徒会長を見て、満は呟くように言葉を出す。
「あ、俺、名前教えておくよ」
「日種久弥。生徒会長」
名乗ろうとした久弥を遮って名を言う。
「あ、何だ、知ってた? 覚えてくれてるんだ、役得だな」
久弥はなんとなく嬉しくて笑顔になる。
「手伝っていい?」
小柄な満に視線を合わせるため、少し身体を屈め聞く。
「……、僕に構わないでください」
満はその瞳を避けるように棚整頓を再開しながら抑揚なく言うが、会長は爽やかな笑顔を向けて再び言葉を投げてくる。
「なんで?」
「……」
(どうしてこの人物は自分にしつこく関わってくるのか)
軽く溜息をついて、もう一度その姿を捉らえ思う。
「一度話してみたかったんだ。キミの噂は聞いたことがある、名前もよく見る」
満の反応を待つ訳でもなく、久弥はマイペースに続けて話す。
「成績、学年トップ常連だもんな。でも、キミ、クラスが離れてるからあまり会う機会なかったね」
愛想よく話す久弥だが、満は他人を寄せ付けないように、煩げに言葉を出す。
「他に用がないなら」
「用はあるよ、探している本があるんだ。幹孝夫著、精神医学を見つめるって本の下巻がどこにあるか分かるかな?」
なんとか会話を続けようと久弥は、それほどでもない用を言う。
すると満は、いったん久弥を深緑の瞳に映し、それから辺りを見回し本棚を確認し、その本が見当たらないのを確信すると、やや俯き答える。
「すみません、探しておきます」
「いいよ、別に急いでないから」
その透き通るように綺麗な満の表情を見ていると、堪らなく触れたくなる。
そっと満の前髪をかきあげるように触れてしまう。
「ッ!」
満は素早く久弥の手を払いのけ、身体を引き、射抜くような鋭い視線を向ける。
その警戒心の含んだ目つきで睨まれ、久弥は押される思いで言葉にする。
「校則違反だ」
緑色の瞳を隠すように伸びた前髪を指し注意してしまう。
「……すみません」
満は注意されたことに少し俯き素直に謝る。
「隠さなくてもいいんじゃないかな、似合ってるよ」
その瞳。
もう一度、前髪をすくい、瞳を重ね、久弥はそう囁く。
深緑の瞳が複雑な気持ちを含む。
澄んだ満の瞳、しばし見つめ合うカタチになるが、打ち切ったのは満だった。
一歩下がって久弥の手の届かないところへ行き、息をつくような小さな声で久弥に言う。
「帰って、ください」
「……うん、わかった」
これ以上は警戒させてしまうだけかな。と久弥は思い、会話を終えることにする。
「……」
一度、頷いて帰っていく。
満はその後ろ姿をしばらく見つめてしまう。
隠さなくてもいい、言われた言葉が頭に響く。
満は黒く染めた自分の前髪に触れる。
(……好きで、隠している訳じゃ、ない)
ポツリと心で、抵抗する。
この髪だって、自分を偽っていなくてはいけない…その苦痛。
皆が皆、日種久弥のような考えで見てくれれば、自然体でいられるのに。
そんな人間ばかりじゃないのが現実だから。
目立ってはいけない。その為には、人と関わらないのが一番いいことなんだ。
それに、父親や祖父に逆らうことなど出来そうにないから――。
満は本を片付けながらそう思う。
親たちから十七年間叩き込まれてきた教えに、抗うことはできなかった。
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