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夏が過ぎゆく

 そろそろ朝か、と目をこすろうとしたら、腕が何かに当たって鈍い音がした。 その方を見ると、紫苑の顔に肘鉄を食らわせてしまっていた。 「いってーな!!」 「なんでここに寝てるのっ」 首をしめられながらやっとの思いで言った。  「しずの寝顔見てた」 どうやら紫苑は早く寝た分、静流より先に起きていたらしい。 「おはよ…」 「ふん」 近づいてくる紫苑の顔をよけ、静流は体を起こした。 「なんだよ、いーだろちゅーぐらい!」 「ゆうべ…一人でさっさと寝た罰」  「どうもお邪魔しました」 再び紫苑の名演技が光る。 「とんでもない!またいつでも遊びに来てね」 「お兄ちゃんばいばーい」 母も樹もすっかり紫苑が気に入ったようだ。  二人は寮に戻った。静流はお盆までまた寮で暮らす。 「それにしても役者ですよ紫苑は。すっかり母さんも樹も騙されて…」 楽しそうに話す静流の後ろ手を取り、突然紫苑は静流を乱暴に押し倒した。 うつ伏せの上から背中ごしに両腕を掴まれ、身動きできない。初めにやられたときと同じ形勢だ。 「なんでこんなことするんです…紫苑?」 問いには答えず、すべて乱暴にコトが進められていく。 「何怒ってるの、紫苑…」  言いながらも、静流はそのうち何もかもどうでも良くなっていた。 紫苑は静流のすべての思考を取り払ってしまう、しかし、紫苑はいつもと変わらぬ顔をしている。 している間も、終わった後も。  「紫苑…何か怒ってるの?」 まだ息が整わぬ静流が問う。 「なんでよ」 特に疲れた様子も無く、しれっと紫苑が答える。 「たまってたんだよ。それと…マンネリ防止。気に入らなかった?」 少し不安げに反応を伺う紫苑は、いつもの紫苑。 「またたまにしよう」 ちょっと笑って静流が紫苑に寄り添った――  静流の体を、いくら思うが侭に弄ぼうとも、そして静流が思い通りの反応を返してきても、どこかが満たされないのは何故だろう。  紫苑は紫苑で、そんな不安を抱えている。

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