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日向と葵
細く長い指が伸びてきて日向の頬を掠め、先程の口喧嘩で乱れた髪を後ろに撫でつける。
アラバスターのように艶やかな肌と深く水をたたえた大きな双眸を持つ少年は、その愛情のこもった仕草を当然のように受け止めていた。
白銀の毛先を暫くもてあそんでいた葵の指先は、その先を期待してわずかに顔を上げた少年を無視して離れていった。
興奮で潤んだ瞳の上の眉を顰め、少年は憮然とした。その表情をつくづくと眺めながら葵は揶揄うように言った。
「好きにおやりよ。」
「そういう問題じゃない、そこに座って待ってて。」
青年は指さされた先のカウチソファに素直に腰掛け、大股で部屋を出てゆく背中を見ていた。
「なんだ、普段の無表情より怒っている時の方が楽しそうじゃないか。」
そう独り言ちた葵は、日向より長身でしなやかな肢体を、典雅な猫の様にお気に入りのクッションに委ねた。
喧嘩の発端は、日向の作ったシフォンケーキに添えるクリームの砂糖の分量だった。甘い物に目がない日向が用意するクリームは、ケーキの甘さだけで十分な葵には少々くど過ぎた。
クリームの入った二つのガラスの器が乗ったトレイを手に、日向が台所から戻ってきた。ソファの脇のテーブルにぞんざいに置くと、銀の匙が器に当たって涼やかな音がする。
そんな所作も、立ったまま相手を見下ろす行儀の悪さも、少年には似合っていた。
片方の器から一匙掬い、日向は不遜な顔をして相手の口元に手を突き出した。それを見上げた葵が愉快そうに眼を細める。その余裕そうな様子に日向が口をとがらせて言った。
「砂糖の少ない美味しくない方!」
葵が唇を開きゆっくりと匙を口に含んでゆく。楕円の窪みを全て咥内に収めながら視線を上げて日向を見上げた。
綺麗だ……葵の艶やかな微笑みにきゅっと心臓の動きが変わるのを感じた日向は、それを悟られない様にわざとつっけんどに言った。
「何?」
少しイラついた声に、おや、とでもいうように葵の瞳が見開かれる。目を伏せて顎を引き、匙を口から離すと、引き抜いた銀の曲線の先と唇の間に一瞬糸が張り、ぷつりと切れた。
「日向の顔見ながら食べると味が分からなくなる。」
ソファの上で肩を揺すり、こらえきれない様子で笑い出した。
「じゃあ見ないで! 次、いつもの分量の!」
もう片方の器から乱暴にクリームを掬い取って突き出そうとする手を葵がそっと押えた。
「砂糖が少なくても美味しいから、日向も味見してごらんよ。」
口の中にクリームを残したまま上を向いた葵が舌を出した。
「ずるい……葵はいつもそうやって自分のペースに持ってくんだ。」
悔しそうに揺れる大きな瞳。
ウェーブの掛かった柔らかい葵の髪を食んでしまわないように後ろによけて、日向はその舌を味わってゆく。砂糖ではない、舌の表面を覆ってゆく動物性の脂の甘さが相手の口から徐々に自分の中に流れ込み、『食べたい』と本能が訴えてくる。
葵の見せる大人の余裕を崩そうと日向は髪に絡めた指を下に引いて上を向かせ、片膝をソファに乗せて真上から支配するように唇を重ねていった。
口付けが深くなるのに任せて押し倒した葵の上に跨り、彼のシャツのボタンに指を掛けた日向に葵の手が伸びてきた。口の端を撫でた指が目の前に付き出される。白いクリームが付いていた。
差し出された指先を舐めながら「やっぱり美味しくない。」とつぶやく日向に、葵が笑いをかみ殺しながら言う。
「跳ねっかえりの王子様、お手柔らかに。」
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