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第1話
「水……」
目が覚めると同時にひりつく程の喉の渇きを覚えて、貞之は怠い体で寝返りを打った。枕元に用意された椀に手を伸ばしたが、中身は空だ。随分前に飲み干したきり、そのまま誰も注ぎ足しに来なかったらしい。それも仕方がない。風病で寝込むものの部屋に来たがる人間はいない。
「誰か、おらぬか……」
貞之は家人を呼んだが、熱でカラカラに乾いた喉からは掠れた小さな声しか出なかった。辺りは静まり返り、人がやって来る気配はなかった。
不調を感じたのは数日前の事だ。物忌み前にと無理を重ねたのが祟ったようで、要らぬ病に憑りつかれすっかり寝付いてしまっている。ここ二日ばかりは熱も高く伏せっぱなしだ。
昨日は部屋に粥と水が届いたが、今日は何やら忙しいのか、近くには女房や下男の一人も控えていないようだった。残念ながら屋敷の中では厄介者の扱いなので、それに不満を漏らせる筋合いではない。
眠っている間に日が暮れてしまったらしく、部屋の中は灯り一つない真暗闇だった。昼過ぎ以降、誰もここに近づいていないのだろう。
吹き込んでくる風に閉口して、几帳を手で押しのけて見てみると、格子戸が半分開け放たれたままだった。昼間熱が上がった時に暑くて開けたものだが、日が暮れた今は夜風の冷たさが骨身に沁みる。寒くて堪らないのだが、格子戸を閉じに行く気力も体力もなかった。そのうち誰か通りすがったものが気付いて閉めてくれぬかと祈ることしかできない。
更に間の悪いことに、几帳の位置を変えたせいで風が直接当たるようになってしまった。戻さなければと思いつつも、目を開けているのも辛くて、貞之は吹き込む風に背を向け深々と袿を被った。
どのくらいそうしていただろうか、人の気配を感じて、貞之は浅い眠りから引き起こされた。
「誰、か……」
喉が引っかかってまともに声が出ない。盗賊でさえなければ誰でもよかった。格子戸を閉めて、水を一杯持ってきてもらいたい。
その心の声が聞こえたのか、格子戸が閉まり、冷たい風がやっと遮られた。誰かが足音を忍ばせて近づいてくる気配がする。水を乞うために呼び止めようと、縋るように几帳にかけた手が、大きな手にそっと握られた。
「――不意の雨を逃れるために参りました」
低めた男の囁き声とともに、貞之の姿を隠していた几帳が押しのけられた。奥深い香がふわりと鼻腔を擽る。下男などとは違う、身分の高い相手のようだった。
不意に、被っていた袿が前触れもなく引き剥がされた。汗をかいたあとの単衣一枚になった貞之は、寒さにぶるりと震えた。
「寒い……」
咎めるように訴える声を聞いて、相手は一瞬息を呑んだようだ。戸惑いを含んだ沈黙が降りる。瞬きして目を凝らすと、闇の中で烏帽子をかぶった影だけが黒々として見えた。――日頃から疎遠な父ではないし、数少ない友人とも違う。見たことのない影だ。
誰何するのも面倒に思われて、両手で自分の身体を抱くように丸くなると、その大きな影は上から圧し掛かってきた。夜露に濡れた狩衣が冷たく、重く、そして息苦しい。
荒い息をつきながら手を突っ張ると、その手を相手に取られた。抱きすくめられ、汗ばんだ耳朶に吐息がかかる。
「ん……っ」
小さく呻いて、思わず首を竦める。――と、それが契機になったのか、首筋が荒々しく吸われた。
「寒いと……!」
――言っているのに。
抗議は取り合ってはもらえなかった。単衣がはぎとられ、大きな掌に体中をまさぐられる。貞之は熱っぽい頭を巡らせ考えた。
盗賊や下男なら、こんな立派な姿で香を纏わせて来ることはないはずだ。となれば、他に考えられるのは、対の屋にいる異母妹のもとに忍んできた公達しかいない。
貞之は異母妹と間違われて、男に夜這いされようとしていた。
よせ、人違いだと、正してやろうにも息が上がって声にならない。熱が上がりかけているのか、頭痛もひどい。男だと分かれば引き下がるだろうと、さしたる抵抗もせず単衣を脱がされるままに待つ。だが意に反して、剥き出しになった両足が相手の肩の上に抱えあげられ、硬く猛ったものが素肌に宛がわれた。
「待っ……!」
今さらながらに貞之は焦った。
忍んできた公達は、男と女の区別もつかぬ痴れものだったらしい。女のそこと違って受け入れることを知らぬ場所を、猛々しいものが無理やりに抉じ開けようとしている。
「やめよ……」
折り曲げられた体勢が苦しくて、まともに声も出ない。熱に掠れたか細い声では男女の区別がつかないのか。息を切らしながら、貞之は足を押さえる手の甲を叩いた。だが、弱々しい抵抗が却って男を煽ってしまったらしい。押さえつける力が強まった。逃れたくとも、熱のせいで身体に力が入らない。
「やっ……ッ!」
硬い異物が力づくで埋め込まれる痛みに、ひりついた喉を掠れた悲鳴が震わせた。
「――無体を許されよ」
深い声が耳朶を震わせた。
無体にも程というものがあろう。そう罵ってやりたかったが、後は痛みで声にもならなかった。太い杭のような逸物が、貞之のあらぬところの肉を割ってずぶずぶと沈み込んでくる。男は大きな体を使って貞之を押さえ込み、未通の穴の中を無遠慮に進んでくる。尖った息を三つ吸う間に、貞之のそこは男のものを根元まで呑まされていた。
さだめし、相手は女を腕に抱いたこともない乱暴者の無粋者に違いない。貞之が痛みに呻いているのにも構わず、身体を揺らし始めた。身を割られる痛みもさることながら、体ごと揺さぶられると眩暈がする。気分が悪くて吐いてしまいそうだった。
――とっとと終わってしまえ。
それだけを念じ、貞之は両手で口を押さえてひたすら耐えた。
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