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寝てる後ろで……編 3 ハッピーハッピープレゼント
「……あれ? 今日、めっちゃ早ぇ」
うちに帰って、廊下んとこ。俺らの部屋の窓から廊下へ斜め下がりに明かりが広がってた。少しびっくりしたんだ。ここんとこ、和臣が先に帰ってきてるってのがあんまなかったから。電気消し忘れたのかと思った。
「ただいまぁ。あ、メッセージ読んだ? 和臣が美味いつってた焼き鳥屋が値引きしてたんだ。すっげぇラッキー。さすが今日は……」
玄関先に座って靴を脱いでたら、トンって背中に何かが軽く激突して、そんで背中も肩も、なんもかんもふわりとあったかくなった。
「和臣?」
後ろから抱っこされて、靴を脱ぐ手が止まる。
「さすが今日は誕生日とか、言うなよ」
「……和臣?」
「けど、お前の二十歳の誕生日なのに、そんなことで喜ばせてんのは、俺だよな。……ごめん」
何? なんで、謝んの?
「俺、バカだ」
「……和臣?」
和臣がバカなわけねぇじゃん。すげぇ頭良くて、すげぇカッコいいのに。
「ホント、学習能力ない」
「和臣?」
「大事な剣斗の誕生日だっつって、気合入れてさ」
「……」
「けど、その大事な剣斗のことほっぽりだしてたら意味ないだろ」
別に俺は誕生日祝えなんて、これっぽっちも思ってねぇよ。ずっと隣にいて見てりゃさ、和臣が頑張ってるのくらいわかってるか。だから気にすんなって振り向こうとした俺の手の中にぽとりと落っこちた青い粒。
「……?」
「誕生日、サファイヤ、だろ? あ! もちろん、イミテーションな。これは」
「……」
「本物は、そのうち、俺が働いて金稼げるようになったら」
手の中に小さな青い粒。それとキラキラ輝く銀色のチェーン。
「このチェーンも、まぁ、プラチナでもなんでもないんだけど」
「……」
「しかも、できあがってねぇし」
「……これ」
その青い粒を和臣の指が、俺の手の中で転がした。
「誕生日プレゼントにさ、作りたかったんだ」
「……」
「剣斗がさ、よく言ってる。手芸すんのって、その人の笑顔が見たいからって」
コロコロ転がる青い粒。九月生まれの俺の誕生石と同じ青い石。
「俺も剣斗の笑顔を見たいっつうか、ずっと隣で笑ってて欲しくて、自分で作ろうと思ったんだけど。まぁ、初心者には無理だった。すっげぇ難しいのな」
「……」
「そんで、漫画喫茶とかにさ、帰りに寄ってやってたんだけど、できなくて、そんで」
帰りがその度に遅くなって、なんか本末転倒じゃんって思ったんだと、呆れたように笑ってる。
好きな、大事な子の笑顔を見たくてやってたはずなのに、その好きで大事な子の顔をろくに見てないって気が付いた。
「お前が焼き鳥買ってくるって、言うの読んで、やっと気が付いた。バカだろ?」
「……うん」
振り返って覗き込んだら、なんか、可愛かった。
「バカかも」
普段かっけぇのに、しょぼくれててさ。
「俺も和臣の笑顔見たいっつうの……」
「……け」
「それに、焼き鳥、あそこの店が値引きしてるのなんて超レアなんだぜ? すっげぇラッキー。っていうかさ」
そんなことすらラッキーって嬉しくなれる。どんなことだって、大喜びできる、そんくらい今日が嬉しいし、毎日が楽しいんだって教えてやると目を丸くしてる。
その顔が可愛いくて、キスをした。玄関先でまだ靴も脱いでないけど、キスをした。唇に、いつもは隠れてる愛しいでこっぱちに。
「だから、一緒に作ろうぜ」
「……」
「俺の誕生日プレゼント、一緒に作ろう」
そしたらその作ってる間の時間も俺にとってはすっげぇいい感じに最高のハッピーバースデープレゼントだから。
ふわふわ、ゆらゆら。
「んー、ここをさ、こーすんだけどぉ」
すげぇ、酒ってこんな感じかぁ。焼き鳥と、それとざざっと作った晩飯。ケーキは今食べてる最中、つっても、手芸のほうに忙しくて、どこぞの有名なケーキは宝石みたいに艶々ぴかぴかだから、オブジェみたいにテーブルの上に飾られてる。
そんで、今、とりあえず、
酒初心者の俺はワインで乾杯とかはあんましないほうがいいとのことで、和臣のアドバイスどおり、カラフルなカクテル系アルコール飲料をいただいてた。
これは、梨と葡萄のなんちゃら、だっけ? ほら、秋だからさ。秋の果物ふんだんに使ってますって感じの。
そうアルコール度数は高くないらしいのに、これって多分、ちょっとだけ酔っ払ってるっぽい。
うん。酔っ払ってる、と思う。
「んー……ん?」
だって指先があったかい。足の先っぽがしゅわしゅわする。そんで、ゆらゆら揺れる俺を抱きかかえるように後ろから手を伸ばして一緒にネックレスを作ってくれる和臣のことが好きでたまんない。
ネックレス。本当は指輪がいいなぁって思ったけど、リングの中に石を埋め込むとかとなればもうそれは職人レベルだから無理そうで、ネックレスになったんだってさ。
それを、すっげぇ忙しいのに俺にサプライズで渡したくて、わざわざ漫画喫茶で頑張って作ろうとしてたんだって。
これは、愛だな。
そんで、なんか愛しさが増すじゃん。そんなん言われたらさ。
「お、できそう」
「やっぱ器用だな。剣斗」
指先絡めて。
「そりゃー手芸やってますから」
和臣の指もあったかくて。
「おー、すげぇ、なるほど」
「ふふふー」
「なんか、こういうののさ、説明書ってわかりにくくないか?」
指と指でイチャイチャしてる。
「そ? っつうか、俺、あんま読んでない」
「勘?」
「勘! めちゃくちゃ勘!」
「剣斗らしいな」
触れ合ってるのは指先なのに。そんなの普通に、別にセクシー要素なんてないはずなのに。
「おら! できた!」
「おー、すげぇ」
イチャイチャしたくなる。
「……和臣、つけて」
「ん」
お辞儀をするように背中を丸めて、背後にいる彼氏の指が触れるだけでも感じそうになる自分の火照りに目を閉じた。
「つけたよ」
「……あっ……ン」
うなじにキスされて声が溢れた。胸んとこにあるのは青い粒。九月生まれの俺の誕生石色をした。石の粒。
「……似合ってる」
「ありがと。和臣」
「いつか、本物を」
「いらねぇ」
アルコールで酔ってるけど、それだけじゃない火照りに身体の奥んとこが甘く重く、けだるい。
「これを一生大事にする」
「……」
「だって、サファイヤが誕生石の人は」
誠実、愛情、不変、慈愛、それと。
「とくぼう」
「あぁ、大正解」
「あと」
「?」
「すっげぇ、一途、な」
ふわふわゆらゆら、火照る指先でぎゅっと和臣に掴まって、イチャイチャしたい俺は丁寧に、ゆっくりと、和臣の唇にキスをした。
キスと一緒に、愛しい人から誕生日おめでとうって、あっまい声で言ってもらえて、イっちゃうかと思った。
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