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寝てる後ろで……編 2 スーパーハニー
「……また寝てる」
風呂から上がると満腹感と疲労に勝てずベッドの上を斜めに横断するように寝てる和臣がいた。たぶん、耐え切れず、ベッドに倒れ混んだままの寝落ちコース。最近、ほぼ毎日こんな調子だ。
就職活動に、その就職希望企業からの求められる課題の提出、それに大学からのレポート作成。
すっげぇ忙しそう。
俺なんかよりもずっとしっかりしてる和臣はそれをこなしつつ、カフェバイトもしててさ。
「おーい、和臣、風呂、入らない?」
「んー……」
「朝、いつもどおりに起こせばいい?」
「んー……」
大変そう。
本当は風呂入ってからのほうがぐっすり寝れると思うんだけど、もうそのレベルじゃないくらいに疲れてるんだろうな。
「……おやすみ」
最近、いつにも増して帰りが遅い和臣の珍しく露になってるデコッパチにキスをして、そっと、隣に潜り込んだ。そしたら、もちろん俺も斜めになる。ちょっとばかし足の先っちょがベッドからはみ出るけど、まぁ、大丈夫。頑丈だからさ。
「……」
ちょっとだけ。
「……」
ちょっとだけ、さ。今夜もエッチなしっつうことに、切なくなるけど、俺は俺でさ、今日、金属加工でめちゃくちゃ疲れたらから、そのまま目を閉じた。あと一週間したら、俺の誕生日だし。そしたら、すっげぇたっぷりさ。
その日くらい……思いっきし、ラブラブしてぇって思いながら、さ……。
朝、起きてすぐ、少し遠くで聞こえるのは和臣の慌てた声。「マジか! ヤバ!」そう言って、即止めして無音になった自分のスマホを握り締めて、慌てながら洗面所へ駆けていく。昨日、朝いつもどおりに起こせばいいって寝てる和臣に尋ねたけど、いつもどおりじゃダメだったらしい。
ゆっくり、でもないけど普通に身支度ができる時もあれば、こんなふうに慌てて転がるようにしながら、バーッとシャワーを浴びて、ザーッと着替えて、ぎゃあああ! って、いっそいでうちを飛び出すそんな朝もある。
――ごめんな。昨日、また寝落ちた。剣斗、悪い。ありがと。
――ん。
そして、飛び出す瞬間、玄関先までついていく俺を引き寄せて、額をコツンってしてから、行って来ますのキスは欠かさない。こともないけど、たまにしないで出かける、マジぎりっぎりの時もあるけど。
今朝はキスした。ちょこんと触れるマウスツーマウスをして、そんで見送った。
「ごちそーさまでしたっ!」
京也さんがはいはいはーいって言いながら、すげぇつまらなさそうに、頬杖をついた。
「けど、今日じゃなかったっけ? 剣斗クンの誕生日」
「そうっすよー。あ、京也さん、赤系の革在庫ないっす」
「あ、うそ! そしたら追加しといて」
「あーい」
追加、っと。けど、赤の減り早くね? 秋だからかな。秋になると、やっぱあったかい感じのさ、暖色系の革の在庫の減りが早くなる。ちなみに夏は青。春は、グリーン系。冬は……どうだろ。まだ、ここでの冬は迎えてないからわかんねぇ。
「いいわけ? なんか、いよいよ! 誕生日! みたいな感じ皆無じゃん」
「んー、けど、そんなにいよいよ! つっても、ガキじゃないからお誕生日会があるわけでもないし」
「えー、でも、ようやく和臣とお酒飲めるって嬉しそうにしてたじゃん! あ、オレンジも追加しといて」
「あーい。……いいんすよ」
酒飲めるの楽しみにしてたけど、いつでも飲めるし。和臣が今頑張ってることは、今、頑張んないといけないことだから。俺はそれを応援してる。そんな感じでいいんだ。
「……」
「追加しときました!」
あとは、何か、足りてないのは。
「そんでさー、そのうちなるわけよ」
「何がすか」
「挨拶のチューなんてもうしないでしょ、付き合いたてじゃあるまいし的、馴れ合い同居生活が」
「なっ」
「ならないって思うでしょー! なるのよー! なるなる。超絶なる。人間だもの」
作業場がまるでバーのカウンターに見えてくるほど、手首をブラブラユラユラさせつつ、京也さんがそう言い切った。
ならねぇよ。だって、俺は。
「そう、フツーは、そう」
「京也さん?」
「けど、剣斗クンとこはならなさそー」
ブラブラユラユラしていた細くて白い指が、向かいの席で在庫の確認をタブレットでしていた俺のいっつも丸見えなデコッパチを、ツンと突付いた。
「ホント……すごいよね……」
「……」
この人はきっと不器用だと思うんだ。
こんなに器用でさ、革使ってすっげぇもんたくさん作って、リピーター続出で、魔法使いなんじゃね? ってくらいの手をしてる綺麗な人なのに。なんか恋愛とかに関してはすげぇ不器用な気がする。
挨拶のキス、俺はなくてもあっても、どっちでも。和臣のこと挨拶のキスひとつじゃはかれないくらいに好きだし。
けどさ、この人は挨拶のキスをしたくても、したいって言えない気がした。相手が視線に気が付いて「何?」つっても「べっつにぃ?」っつって、ぷいっとそっぽを向くっつうか。
「……すごいなぁ」
そう呟く横顔は優しいのに、優しくなんかないとすぐに首を振って、寂しい時には寂しいって言えない。不器用な人だからさ。
――ごっそさん。
「そろそろ上がっていいよー。剣斗クン」
「はーい」
京也さん、たこ焼き好きかな。
「うわぁ……すげぇ、さすが神」
神田がSNSにアップした作品にぽこぽこってハートマークどんどんついていく。数字になったハートがいくつもその作品に向かって集まっていった。
やっぱすげぇ。
白い布だけを使ってパッチワークを芸術レベルに仕上げていく神クリエ。イケメンだけど、クソがつくくらい真面目なんだ。
俺は神クリエにはならない、つうか、なれないし。こんなふうにあっちこっちからハートが送られてくるようなさ、そんなんなれそうもねぇけど。
「あ! やた! 焼き鳥値引きされてんじゃん!」
けど、誰かを笑顔にできる作品が作れたらいいなぁって思う。
和臣がへットヘトになって帰ってきて、ちょっと笑いながらぎゅってしてくれてさ、「はぁ、疲れたぁ」っつって、俺を抱き締めて少しばかりの癒しになれたらって思うんだ。
「すんませーん。レバーと皮、それと、ねぎま、二本ずつ……あ! やっぱ、四本ずつ!」
そんなふうに好きな人を癒せる男にさ、大人になれたらなぁって、思うんだ。
――焼き鳥! 値引きされてた! 和臣の好きな皮とレバー。あと俺の好きなネギマも買っちった。一緒に。
「食べ、ようぜ……っと」
まだ帰ってないだろ。今朝も慌しく出てったし。酒は……。
「……」
買わなかった。今日、誕生日だけど、また今度、ゆっくり和臣と飲める時でいいかなぁって。
「さて、帰るか」
うちへ。俺のダーリンがヘトヘトになって帰ってくるだろうからさ。先に帰って部屋の電気つけて、いつでもぎゅっと抱きしめてやれるようにしとかねぇと。そんで、「はぁ、疲れた」って俺の中で溜め息ついてくれたら、それでいい。そんなふうに愛しい人を癒せる二十歳の男になりたいからさ。
もうすっかり秋めいて、家路を歩く道からはずっと鈴虫の軽やかな音が聞こえてきてた。
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