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寝てる後ろで……編 1 スーパーダーリン

 九月生まれの誕生石はサファイヤ。地球のように清清しい青色をした石を誕生石に持つ貴方はその色のごとく落ち着いた雰囲気を持っています。またとても硬い石なので、意志が強く、決めたことを貫く人でもあります。 「宝石言葉は! 誠実! 愛情! 不変! 慈愛! と、と……」 「? ……徳望」 「おお! とくぼう!」  なんか、すげぇ! ってドヤ顔をしてみせたら、隣で和臣がくすっと笑った。  まずは徳望って読めるようになれよって言われて、大きく頷くとまた笑って。今日はデートだから、めちゃくちゃ気合入れて、ビシッと決めたオールバックには触れることなく、むき出しになってる俺の額を人差し指でコツンって突付いた。 「っつうか、その誕生石占い? 若干、駄洒落じゃね?」 「? そか?」 「石が硬いから、意志も硬いって」 「け、けどさ! でも合ってんじゃん! 不変っつうのぴったんこじゃん。俺、一途だもん。心に決めた人オンリーだから。和臣一筋、だろ?」  な? そう、覗き込んだところで電車がぐらりと大きく揺れて、よろけた俺を和臣が支えてくれた。木に捕まる猿のごとく車内のスチールでできた柱にしがみつく俺の斜め後ろに陣取って。またよろけてもすぐに捕まえてくれる、そんな距離。 「あと、慈愛に誠実に?」 「とくぼう!」  今、覚えたばかりの単語を口にすると、和臣がまたもや笑ってから、車の窓の外へと視線を移す。  その横顔の凛々しさたるや。  か。  かっけぇ……マジ、かっけぇ。 「まぁ……」 「?」  何? 何か言いかけたけど、電車の中だと聞き取りづらくて耳を寄せた 「一途で不変っつうとこは、是非ともお願いしたいけど……」 「!」  ボソリと呟かれたそのリクエスト。 「お、おぉ……」  つい耳元で聞き取っちまったリクエストが、まるで囁かれたみたいに聞こえて、なんか。 「……」  二人して酔っ払いみたいに真っ赤になりながら、うちに向かう電車の中でしばし揺られてた。 「ごっそさん」 「ちょー! あんだよ! お前! その! つっまんなそうな顔は!」  仰木がヤンキー座りをしながら、頭に巻いてたタオルを雑に取ると、汗で濡れた髪をわしゃわしゃとでかい手で拭った。 「フツーつまんねぇだろうが、惚気話なんて。楽しいのは惚気てる本人だけだっつうの」 「惚気てねぇし」 「いや、それ惚気以外の何物でもねぇから。つうか、金属加工、疲れた」  はぁ、と仰木が重たげな溜め息を足元に落っことした。 「けど、仰木だってさぁ」 「あー?」 「恋人できたら、すっげぇ、デロデロに惚気そう」 「はぁ? おま、フツー、俺を振った奴がそういうの、そんなしれっと言わなくねぇ?」 「んー、そうなんだけどさぁ」  もう、俺に片想いしてた的なのも今となってはネタっつうか。なんか、なんつうんだろ。違うんだ。上手く説明できないけど、なんかさ、仰木が心底好きになったらもっとそうじゃないと思うんだ。熱量? 重さ? でかさ? 根性? なんだろ。賢くないから、ずばりな単語が引き出せないけど。 「けど、なんかさぁ、すごそうなんだもん。もう、あっまーいの。すっげぇ、あっまあああああいの」  仰木が本当に好きになるのは別の人っつうのだけはわかる。 「……なんだそれ」  合ってる気がする。絶対にそうな気がする。 「なぁ、どういう人が好み?」 「は? なんで、俺の話し」 「俺さぁ、思うんだけど、仰木って世話好きじゃん? けど、甘えるのも好きそうじゃん? だから、年上の少し抜けてる感じっつうかさ。ちょっと手がかかる系の天然で、そんでもって、懐が……」  そこでふと、思い浮かんだ人がいた。ひとりだけ。 「剣斗?」  いたけど、その人は素直になれない感じの人だから、少し大変そうな気がした。甘えたいけど、甘えるのが苦手っつうか、下手っつうか。優しい人なのに、優しいですねって言うと、違いますけど? って、慌てて冷たいフリをする、少しめんどくさいっていうか。 「おーい、剣斗ぉ?」  でもそのめんどくささが、仰木にぴったんこっつうか。 「なんでもねぇ! さてとっ」 「剣斗?」 「なぁ、仰木……今度、タコパしようぜ」 「あ? なんでいきなり」  タコパ。うん。いいんじゃね? 俺も和臣もたこ焼きめちゃくちゃ好きだし。 「タ、コ、パ! ほんで、金属加工の続きすっか」  重たいんだよなぁ。金属がさ。セットするだけでもすっげぇ疲れるし、機械油でぬるぬるするのもやだし。 「汚れ、落ちっかな……」  見ると爪の間が黒く汚れてた。よぉぉく見れば、指紋の溝にもうっすら汚れが。その手を作業着のケツんところで拭いて、休憩を上がり、作業場に戻ると秋だけど常時付いてる大型扇風機の風で決めてたオールバックが一瞬でバサバサになった。 「ちぇ……」  やっぱ落ちなかった。爪んとこの黒ずみ。ちょっとだけだけど、でもすっげぇ頑張って洗ったから布とかには影響ないとは思う。ほら、手芸すんのにさ、手っつうか指は綺麗じゃないと。 「うわぁ、すげぇ、コマメさんのアクセめちゃくちゃ可愛い」  ――可愛いっすね!  ――きゃー! ありがとう! 秋っぽい色にしたんだぁ。  ――素敵っすよ。  もうネット上でも自分を偽るのはやめた。男で、今月で二十歳になる大学生って、プロフに書いといた。  ――世界で一個のアクセ、最高っす。  ――ありがとー! でも、これ同じのあと五十作るつもり。イベント用なんだよー。 「あはは。世界で一個じゃなかった」  偽らないようになったら、手芸がもっと楽しくなった。鶴の恩返し。あれの鶴がさ、羽つかって機織りしてたっていいじゃん、って開き直ったら、なんか、ギッタンバッコンギッタンバッコン思いっきり機織りができて楽しいみたいな。そんな感じ。 「ただいまぁ」 「和臣! おかえり!」 「はぁ……ヘトヘト」 「だな。飯、先にする? それとも風呂入っちゃう?」  すげぇ忙しそうな和臣が靴を脱ごうと玄関先に座り込んだ。そんでそのまま、電池が切れた玩具みたいにぴくりとも動かなくなるから、心配になって覗き込んだらさ。帰って来た途端にくしゃくしゃにした前髪の隙間から、こっちを見つめてた。 「和臣?」 「なんかさ……なんか、今の」 「?」 「新婚さん的な台詞で、萌えた」 「!」  あれ、お風呂にしますか? ご飯にしますか? 的なやつ?  真っ赤になったのは俺だけじゃなくて、和臣も。そんで――。 「ただいま、剣斗」  照れ隠しのように和臣がした軽めの可愛いキスに、俺は今以上に萌えて溶けちまうかと思った。

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