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「ひねくれネコに恋の飴玉」 29 そう、多幸感なんすよ
朝、起き上がると、腰の辺りがずっしり重い。重いっていうか、まだ何かこう中がさ。中が、なんかまだ柚葉がいるみたい。
「……」
けっこう、言ってた。いや、けっこうじゃなくて、かなり言ってた。いや! あれよ! あれ! それをさ、セックスのムード的な理由でぇ、とかだったら、全然言えるのよ。あんなことも、こんなことだって、あまぁぁい声できゃんきゃん啼ける。啼く、フリができる。問題はその言ってた内容じゃなくて。
「……ぅ」
そのテンション? 気持ち? あと、自分の、何? 本気っていうの? とにかく、本心からそれ言えちゃったことがさ。
「……うわぁぁ」
思い出すと穴に埋まりたくなるので、けど、ここは普通のマンションで普通にベッドの上で、土とか掘れないので、三角座り、あ、でも今時って体育座り? もうどっちでもいいけど、膝を抱えるように身体をできるだけ丸めて、自分の顔を手で隠して、埋まった気分になってみる。
びっくりするほど、恥ずかしいんですけど。
もうホント、恥ずかしくて、できることなら爆発したいんですけど。今、すごいリア充なので、それこそ爆発お願いしたいんですけど。
「……っう……わぁ、ぁ、ぁ」
また思い出して、自分の顔面を覆う手に必要以上の力が篭もった。
「どっか、痛い?」
「うわああああ!」
「……すげ、でかい声」
そりゃデカイ声も出るでしょ。いきなり肩のところをカプリと甘噛みされたんだから、心臓が口から飛び出るくらいに驚くでしょうよ。
「……おはよ」
そして、朝日の中、俺の部屋、俺のベッドで眠そうな顔で笑う裸の柚葉に、心臓が胸のところを突き破っちゃいそうな気がした。
反則甚だしいですけど。
「……何? やっぱ、どっか痛む?」
なんですか、その眩しいほどの事後感と幸せ感がはみ出た寝起き顔。どんなドッキリですか。なんかただの寝起きとは思えない色香で、今、君、顔面丸ごとモザイクかけられちゃいそうですけど。
「……すげ、ごめん」
「?」
「キスマーク付けすぎた」
「!」
「っぷ」
そこ笑うところじゃありません。
「な、なんで笑うんだよ! っていうか、つけたの柚葉じゃんっ」
「だってさ」
そんな、ぷくくく、堪えるほど笑うんだったら、最初からつけなきゃいいだろ。
「あんたは俺の、って、印、すげぇつけたかったんだよ」
「!」
「ごめん。しばらくシャツ、第一までボタンしめてて」
ひとしきり笑ってから目を細め、俺の髪に触れる。寝癖、付いてない? 顔、変じゃない?声が掠れてるのは昨日気持ちよすぎたからで、これは柚葉にも責任あるからね。
「あと、おはよ、京也」
「!」
たまに、名前だけで呼ばれることがあった。けれど、それは大概セックスの最中だった。熱量にふわりと消える年の差感がそうさせてるんだと、思ってた。
「朝飯、作るよ。待ってて」
「え、いいよ、俺も」
「平気。つうか。京也は立てないっしょ。ふわぁ……冷蔵庫勝手に漁る」
大きなあくび。イケメン大学生の油断しきった顔、後、少し寝癖で跳ねた髪。そして、見つけてしまった。君が俺のものっていう印。
痛いかな。今日、後でシャワー浴びるかな。ヒリヒリしちゃうかもしれない。大きな背中には俺の残した引っかき傷がいくつも走ってた。
だって、気持ちよかったんだもん。
だって、好きでたまらなかったんだもん。
そんな無残な背中だって知ってるのかな。のそのそと、少し野暮ったいくらいに気だるそうにスマホを手にとって、至極面倒そうなしかめっ面。
「なぁ、京也」
あ……。今の、すごい。
「剣斗たちが……」
なんか、モロ、来ちゃった。なんか、すごいカッコよかった。
スマホを睨みながら、こっちに来た柚葉に手を伸ばし、腕を絡めて引き寄せる。そんなに濃くなく、ただ触れるだけのキスをした。
「……ン」
「……」
キスしたくなったんだ。ムード作りとかじゃなくて、雰囲気出しとく、とかじゃなくて、話があるのも、ぺいって押しのけて、ただキス、したかったんだ。
「……なんだ、まだ、腰立つ?」
「え? ン、んんん」
そしたら――。
「剣っ……ン、ぁっ、ちょ」
そしたら、柚葉が悪戯っぽく笑って、ベッドの中に潜り込む。
「あっ……ン」
眩しいくらいに差し込む朝日の中、柚葉の唇がもう充分なのに、またひとつ痕を残すから、俺も、その大きな背中に、また新しくマーキングじみた爪痕を刻んでいた。
「そんで、うちの親が和臣和臣ってうるさくて。もともとカテキョーしてもらってたから。けど、さすがに二人っきりになりたくって、マジで」
帰省土産を手渡したいからと連絡があった。柚葉に。で、そのあとすぐくらいかな。俺にも電話が来てたんだけど。ほら、まぁ、俺は電話に出られなかったんだけど、留守電に剣斗君のハツラツとした声でメッセージが残ってた。
「剣斗、土産の佃煮は?」
「あ、そうだった」
佃煮って……たまに思うけど、剣斗君って良妻だけど、若干、あれよね。年いくつ? って時があるよね。普通大学生の土産って「どこどこに行って来ましたー!」とか書いてあるクッキーだったりしない? お菓子でしょ? 佃煮って……しかも、三種類も。
マジで美味いんすよ! なんて天真爛漫に言ってないでくださいな。
「っつうか二人して現れるから、ちょっと。もしかしてーなんて思ったりして」
思わず飛び上がった。言っても、まぁ、いいんだけどさ。その、なんというか、気恥ずかしいというか、気まずいというか、照れる。
でも、剣斗君は柚葉が帰省すると聞いてたんだろう。ないかぁって笑ってくれて、ここで話は終わりそうだった。それなのに。
「京也の実家に行った」
「「「……は?」」」
思わず、柚葉以外の三人がハモっちゃったじゃん。
ねぇ、何言ってんの? まるで電撃結婚記者会見みたいになっちゃってるから。すごく濃密だったけど、でも、まだそういうのになってから間もないんだけど?
「ぇ、それ、お前、もしかして! まさかの! 実家、ご挨拶」
「さすがに、そこまで急にはしてねぇよ、けど」
もう少し慎重に……仮にも、柚葉の片想いの相手だったんだし。ほら、色々とさ。
「けど」
色々と。
柚葉の手が俺の手をとって、薬指を撫でた。
「まぁ、そのうちな……予約はしてある」
撫でて、ふわりと笑うから。くすぐったい。
「ちょ! 柚葉っ」
「京也、慌てすぎ、水零すぞ」
「ちょっ」
「京也さん、真っ赤っすよ」
「そういう顔するんだな。なんか、キャラ変わってない?」
「そっすか? 京也って、ずっとこんなでしたよ」
ちょ、何言ってんの? 俺は、実はすごいクールビューティーキャラだったんだから。全然、ちょちょちょちょ、連呼するようなキャラじゃないんだから。だから、えっと。
「京也さん、可愛いっすね」
「ちょっ」
「幸せそうだな」
「ちょっ、と」
「幸せっすよ。ラブラブなんで」
「ちょおおおお!」
くすぐったくて、多幸感がすごくて、ひねくれた言葉は上手に出てくれなかった。そんな俺を見て、笑いながら、ずっと、ずっと繋いでいたままの柚葉の手は、なんか、しっかりと俺の手に馴染んで、とても心地が良くて――。
「そう、超ラブラブなんすよ」
手を、ずっと繋いでいたいと思ったんだ。
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