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犬も食わない飴玉編 3 バカって言ったほうがバカなんです。

 ビーサンを放り出すこと何回目だったか。忘れたけど、ついに和臣に会うことができて、仲直りの抱擁――のはずが、抱擁がたぶん一秒未満、そんでむんずと指を掴まれて、へろへろに血染まりした絆創膏を見つけられた瞬間、バカって叱られた。  そんで、そのまま近くのコンビニに連行された。  今はそこで買った絆創膏を和臣が、コンビニの明かりを頼りに外の駐車場んとこで張り替えてくれてる。取った途端にじわりと滲み出た赤色にまた和臣がバカって呟いて、そっと、そーっと痛くないように、でも剥がれたりずれることのないようにってさ。 「いたたた、あんま強く巻くなよっ、いてぇって」  バーカバーカって、けっこう言った。十回は言ったかもな。過保護すぎなんだよ、和臣のバーカって。 「うるさい。酒臭い! そんでこんな適当に絆創膏巻いて酒飲んで走るなよ! バカっ」  胸の内で、たくさん連呼したから、今、たくさんバカって叱られてる。 「うっせぇなぁ。うちに絆創膏あるんだから、わざわざコンビニで高いの買うことないだろうが」  貧乏学生の同棲なんだぞ? コンビニで水にも強い! 耐久性抜群! みたいなどえらい高性能っぽい絆創膏なんて買う必要ないっつうの。薬局にある大入り百五十枚で百円みたいなのでいいんだっつうの。 「バカ、まだ血止まってないだろうが」 「これは!」 「あんな深く切った指ほったらかしで酒飲んでる奴の文句なんて聞かない、バカタレ」  あ、バカタレだって。俺、バカタレは言ってねぇぞ。 「和臣のほうがバカタレだ!」  ずりぃから俺も言ってみた。バカタレって。 「あぁ、俺はバカタレだ」 「……和臣?」 「ほら、帰るぞ」 「え……あ、うん」  うちに帰るぞって。  てくてくと歩き出す和臣の足元をコンビニのライトが照らしてくれた。裸足にスニーカー履いてる。そういう身だしなみみたいなのすげぇ気にするから、裸足じゃ絶対に履かないのに。 「……和臣」  和臣のスニーカーはざりざりと砂利を踏む足音をさせながらゆっくり歩いていく。一番お気に入りの真っ白なスニーカー。夏用にっつって買ったばっかの新品が、少し薄汚れてた。 「……んー?」 「……ごめん、なさい」  俺のサンダルはペタペタと呑気な音をさせながら、その埃がついた真っ白だったスニーカーの後をゆっくりくっついていく。  遠くになんてどこにもいけないし、走るのだってままならないし、雨が降ったらもうお仕舞いだ。そんな心もとない足元。 「ちょっと疲れてて、俺、眠くてさ。そんで……」  ざりざりぺたぺた。  二つの足音がゆっくりうちへと歩いていった。あとちょっとで「うち」だ。あともう少ししたら「おうち」に到着。 「なぁ剣斗」 「?」 「情けない奴って思わないか?」  おうちに帰れる。 「……え?」 「剣斗はいつも笑顔で、どーんとかまえてて、カッコよくて可愛くて。どんな時でも、本当に笑ってる」 「……」 「俺には」 「和臣がいるからだよ!」  笑ってんのは。笑顔なのは。どーんとかまえているのかどうか知んねぇけど、もしもどーんってさ、かまえてるんだとしたら。 「和臣がいるから、笑顔になれんだ」  どんなに疲れてても、どんなにへこたれそうでも、どんなにしんどくても。 「俺のこと全部受け止めてくれる一臣がいるから、笑顔になれんだ」 「……」 「いなかったら、無理だかんな」 「……剣斗」 「いなかったら、やだ無理脚下絶対に、なんだかんなっ」  即答してやるからな。 「っぷ、なにそれ」 「いいんだよっこれはっ」  家出はしたけど、すぐに帰るつもりだったんだかんな。ビーサンで、ご近所をぐるりとしたくらいのもんなんだ。そんなどこまでも走っちゃえるような、すげぇ高そうな綺麗なスニーカーなんか履かなくたって、そんなの履いて探さなくたって、あっという間に捕まえられるくらいなんだぞ。ほら、ビーサンじゃ走るのも一苦労だ。 「あと! 和臣はバカタレじゃねぇ! そんで!」  指を一本突き出した。耐久性抜群水濡れご安心な絆創膏が綺麗にくるりと巻きついている指を一本、和臣の目の前に。 「そんで、指がいてぇ! じんじんする!」 「あぁ」 「だからっ」 「大変だ」  うわぁぁって夜の夜中の住宅街で思わず叫んでしまった。 「ちょっ! 何! 和臣」 「お前、足真っ黒だろ」 「ちょっ、なっ」  クラクラする。ふわふわくらくら、酒に酔っ払う。 「そんな真っ黒な足で部屋上がるなよ」 「んなっ、ある、歩けるって」 「うるさい」 「歩くっつうの!」  お姫様じゃねぇんだ。だから、そんな甲斐甲斐しくなんてしなくたってぶっ壊れねぇ。 「うーるーさい。ご近所迷惑だ」 「っ」  お姫様じゃねぇから、米俵みたいに担がれた。  お姫様じゃねぇから重たいのに、軽々と持ち上げられてそのまま部屋まで運ばれて、クラクラふわふわだ。 「ったく」 「ちょ、ちょちょちょ、うわぁ!」  抱っこされたまま、部屋に上がってベッドに転がされた。足先は真っ黒だから、足は床についちゃだめ。 「風呂にっ」 「バーカ、そんな酔っ払ってんのに風呂なんか入れられるか。のぼせて倒れるぞ」  過保護なんだよ。それになぁ。 「タオルで拭ってやる」 「……ン」  手際よく濡らしたタオルで足の裏を拭われて、トクンと胸が高鳴った。ひんやりとしたタオルはアルコールで酔っ払って火照った体には気持ちよかった。 「あっン」 「あと、少し、この指とは別件で怒ってるから」 「は? なんでっ」 「なんで? それ言いたいのはこっち。なんで、お前家出先が仰木んとこなんだよ」 「だ、だって」  怒ってるからってもう一度言われた。  仕方ないだろ。バーじゃ金かかるもん。サービスのお冷いっぱいでケンカの愚痴は言えないじゃん。かといって金ないし。 「バ、バカじゃねぇのっ。仰木には京也さんいるじゃんカッ。それに俺はっ」 「俺は?」 「俺はっ」  金ないから、バーにしなかったんだぞ。だって俺らは貧乏学生で。 「俺は、和臣が好きなんだからっ」  好き同士で一緒に住む同棲中なんだから。

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