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犬も食わない飴玉編 2 それはビーサンは悪くございませんでしょ?

「もうさ、すげぇ、マジで過保護なんだよ。マージーで」  ほら、こーんなちっせぇ絆創膏一枚だぞ? そりゃ、ちょーっと血止まるの遅かったけど。それは、ほら、料理の真っ最中だったからなだけでさ。  あ、まだ血、滲んでっけど。でも別に、こーんくらい舐めときゃ……あぁ、すげ、けっこう深かったんかな。ガーゼんとこ意外に真っ赤に染まってんな。すげ、これ舐めるの、やだな。 「いいじゃん、過保護。それに、あの人、すげぇわかりやすそうで、楽な気する」 「はぁ?」  うちの京也に比べたらっつって、ふぅ、ってまた溜め息だ。  つうか、京也さんのこと、めちゃくちゃ呼び捨てだな! なんだろ、あの人を呼び捨てにするっていうのがそもそもレアだと思うんだ。仰木くらいじゃね? あの人をさ、なんつうか。 「マジであの人はわけわかんねぇ」  今度は、ぷはぁって溜め息。これはチューハイを一気飲みしたせいで出た溜め息だ。 「なんで泊まるのダメなんだよ」 「……」 「絶対にダメ! とか言うんだぜ?」 「お、おぉ。あれ? けど、付き合った最初ん頃は泊まったりしてなかったっけ?」 「してた。けど、最近はずっとダメって断られてる」  あちゃー……それは、確かに、なんかあれだな。  いつものクールヤンキー風の仰木はどっかいっちまった。ぐいっと顔面を近づけて、めちゃめちゃガン飛ばされてる。 「なんでだよっつっても、理由言わねぇし。理由ねぇなら言うこと聞かないっつったのに、絶対にダメって叫んで、部屋から押し出すんだぜ?」  押し出されるんか。それすげぇな。ほぼ強制退場じゃんか。 「ありえねぇだろ!」 「ま、まぁな」 「玄関先で居座ってやろうかと思ったけど……迷惑かけらんねぇし」 「……でも、お前と会うって昨日、すげぇ嬉しそうだったぜ」 「……男、いんのかな」 「へっ? え? は? 何それ!」 「ご機嫌だったっつうのも、わかんねぇじゃん。他の、なんか野郎が俺の後にいるのかもしんねぇだろ」  落ち込んかかな? めちゃくちゃ髪をぼさぼさにかき上げて、はぁぁってすごい床をじっと見つめてる。 「でもでもでも、京也さん、すげぇ仰木のこと好きだろ! あの人、ひねくれってっから、口では、フーン、って感じするけど、仰木のこと話すと若干耳、赤くなってんぜ?」 「……」 「いや、マジでマジで。この前も、一緒に学食でランチ食ってたら、あ、これ、京也が好きそーっつって、ぼそっと呟いてたって話した時、赤かったし」  口ではフーンって言ってたけど。口はへの字だったけど。耳は赤かった。ほっぺたも、革材眺めてる時くらいにはピンク色してた。 「けど、泊めてくれねぇ」 「……まぁ、それは」  それはたしかにもやるけどさ。 「そ、そしたら、どーすんの? お前、引くの?」  ぽつりと尋ねたら、いつも一重の鋭い目つきをした仰木が、目玉が飛び出そうなほど目を丸くした。  丸くして、そして、笑った。しかもすげぇ、でかい声で笑った。 「え? 何? なんだよ」 「はぁ、なんでもねぇよ。いや、マジ、あははは」  何笑ってんだよ。 「お前は? ケンカして、家出して、どーすんの?」 「へ?」 「あいつがさ、じゃあもういい、ってお前のこと」 「え、そんなんっ」  やだ。無理。脚下。絶対に。  そう頭ん中で即答したら、仰木がまた笑った。今度は、ぷって、おかしいもんでも見たみたい、小さく噴き出して笑ってる。たぶん、同じだったからだ。 「んだよっ、仰木の酔っ払い、笑ってんじゃねぇぞ」  仰木も、もしも誰かとさ京也さんがってなったとして引くのか? って言われて、俺とおんなじように即答したんだろ。  やだ無理脚下絶対にっつってさ。 「うっせぇ酔っ払いはてめぇだろ」 「はぁ? 俺は」 「さっきからスマホ、めちゃくちゃ着信あんぞ」 「へ? は? 嘘、だって、あ! ない! スマホがない!」  ポケットに入れてたはずのスマホがどっかにいってた。ぽろりと落っこちて、そんで、仰木んちのラグの上に転がってた。 「うわぁ!」  手に取ろうとしたところで、また着信があった。  スマホにでかでかと和臣って名前が表示されて、ラグに埋もれるように「おい、電話に出ろっ」って怒ったように、わずかな振動音を立ててる。 「それ、さっきからずううううっと鳴ってる」 「は? マジで? 言えよ!」 「あ? だって、お前、家出してきたんだろ? 電話出ないと思うじゃん」  出るよ。出る出る。出るに決ってる。 「お、俺っ」 「じゃーな」 「わりっごめん!」  慌ててスマホを握り締めて仰木んちを飛び出した。仰木は座ったまま、残りの酒はもらうぞーって手を振っていた。俺は、慌てすぎで、階段を下りるのに爪先に突っかけただけになってたビーサンが一足先に、ポーンと放り出された。ガキの頃によくやった明日のお天気を調べる占いみたいに。  ぺたんって、地べたに着地したのを裸足で追いかけて、また爪先に突っかけて。 「も、もしもし!」 「バカ! 剣斗! お前! 今っ」 「俺! 仰木んちにいた、あたたたた」  ビーサン走りにくい。 『おい、どうしたっ』 「なんでもねぇ、今、どこにいんのっ?」 『俺は、お前探してて』 「今、そっちに行くからっ」  おっかしいだろ? 「待ってて」  俺が家出したんだぜ? 飛び出したんだ。バーカっつって、飛び出したのは俺なのにさ。 「んがー!」 『おい! どうしたっ』 「なんでもねぇよ!」  ただビーサンで家出したもんだから、全然走れなくて、何度も何度も、ビーサンだけが先走って放り出されるもんだから、ほぼ裸足ってだけ。あとで足洗わないと部屋入れねぇなぁとか、ビーサンじゃ遠出する気がそもそもねぇじゃんって思ったりとか、それから。 「早く、和臣んとこにいきたいだけっ」  早く会いたいのにビーサンがくそだるいなぁって思っただけ。

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