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犬も食わない飴玉編 1 ダチだもんな!
もう知んねぇ。
もう勝手にしたらいいんじゃね?
もう、マジで本当に、知んねぇし……。
「はいはいっ、はいって」
ピンポーンって、連打を五回。三回でも無礼なとこを、五回、めちゃくちゃ連打した。
「……お前……何、してんの?」
「…………よ、ぉ、仰木」
もう、口なんてきいてやらないって。
「よう、じゃねぇよ」
「ケンカした」
「……は? 誰と」
「……和臣と」
もう知んねぇって、ケンカして飛び出した。
「何やってんの」
「だから!」
大ゲンカして「バーカ!」って言って。
「家出した!」
「過保護すぎんだよ! 和臣は」
気にしすぎなんだ。子どもじゃねぇんだから、ちゃんと健康管理してるっつうの。ちょーっとだけ寝不足だっただけじゃん。そんで、つるっとすべって包丁で指ちょん切っただけじゃんか。
バーカ、バーカ。
そんな怒ることないだろ。溜め息までさ……なんかさ。
「溜め息吐かれて、すげぇさ……」
しょんぼりしただろうが。
「…………」
だって、お前が好きだから作ってやったら喜ぶかなぁって思ったんだ。白髪葱たっぷりの焼肉。
「でも、お前、今、ロボコンのことで学校もすげぇ忙しいだろ」
「……」
「そんでもって、今度、また手芸のでなんか作ってんじゃねぇの?」
作ってるよ。今、またパッチワークで色々作ってて、学校の課題も、ロボコンのこともあって、帰り遅かったりで、作業する時間ねぇから夜やったり、朝こっそり起きてやったりしてるよ。
「心配してんだろ」
「……」
「お前のこと」
「でもっ」
全部やるって決めたんだ。頑張りたいってやってんだ。だって和臣は頑張ってんじゃん。就職活動も、大学も、バイトも家事も。なら俺だってさ、俺だって大学と家事とバイトくらい頑張るだろ。だって、和臣より一つ少ねぇんだから。じゃないと。
ダメじゃん。
そう思うと自然に唇を噛み締めてしまう。俯いて、なんか情けない自分に溜め息が零れそうでさ。さっきの和臣が零した溜め息もおんなじなのかなぁって、思うと。
「あのなぁ」
仰木がポンって俺の金色頭を掌で優しく叩いた。
「俺はただのダチだから、お前がすげぇ頑張ってたら、おぅ、ガンバレーっつって終わりだ」
「……」
「けどあの人は彼氏だからもっと近くで、応援じゃなくて、隣で見守ってんだろ」
「……」
「だから、怒る。溜め息だってつくだろ。自分が不甲斐ないって思うんじゃね? 年上なら余計にさ」
「……俺は和臣のことで、そんなっ」
違うんだ。
俺はお姫様じゃねぇ。
男だから、ちゃんとさ、和臣に守ってもらうだけじゃなくていいんだ。俺だってって思うんだ。
大丈夫だし、そこら辺のなよっちい男よりもずっと頑丈にできてる。それなのに、あんなふうにさ怒った顔されたら、なんか、年下の俺はまだまだガキで、心配かけちまうのかなってさ。
思うじゃん。
年下だから、ガキだから、心配かけちまうんだって。
だから、大丈夫って言ったのに。
「そういうもんなんじゃねぇの?」
「……」
「年下のジレンマってやつ」
「……ジレンマ?」
「頑張りたい、けど、頑張ると心配かける。心配かけたくないから頑張ってるのにっつって。まぁ、そういうの大概空ぶってるだけなんだってさ、わかっててもなぁ」
仰木はそう呟くと、溜め息を自分の胸のとこに落っことした。
そして、少しだけ笑った。
仰木も年上の恋人がいる。京也さんは和臣よりもずっとさ、社会人で、社長してて、綺麗でカッコよくて、自立してる。
仰木は俺と同じ学生で、まだまだバイトくらいしか社会人経験なくて、学校の金だってなんだって、親からの助けがあってこその生活でさ。自立なんてものからはまだまだ程遠い。
やっぱ、あんのかな。
俺からしてみたら、仰木だってすげぇしっかりして見えるけど、それでもあんのかな。
年下のジレンマっていうやつ。
どうしたって埋まらない何年か分の距離にイラついたり、情けないって思ったり、切なくなったり、するのかな。
「俺も、まぁ、空ぶってんのかもな」
「え? 仰木んとこ? なんで? すげぇ、いい感じじゃん」
「どーだろうな」
あんま見たことのない、あれ、憂いの表情ってやつ。しっかりしてて、機械加工のペア組んでたって、こいつとだったら全然余裕って思えるくらいに、なんでもこなせる仰木が、苦笑いを零した。
「避けられてるっつうか」
「え? なんでっ」
「知んねぇよ」
「だ、だって」
「昨日、泊まらせて欲しいっつったら断られた」
「えっ」
そういえば、昨日、バイトで京也さんのとこ行ったらご機嫌だったっけ。仰木と会うからって話してた。だから、今日は早く上がろうって。え? けど、泊まるのはダメって断られたって。
「え、けどさ、京也さんっ」
「……そっから、あの人、今日は仕事で出かけてて電話でねぇし」
そうだった。今日は、なんか今日は革材メーカーのとこいくつか回りたいっつってたから、電話オフにしてるんだと思う。打ち合わせを一気にいくつもぶち込んだって。
だから、電話はかけても繋がらないからぁ、って笑ってた。あの人、新しい革素材とか見るのメタクソ大好きだから。ほっぺたピンクにして嬉しそうにしちゃう革変態なとこあるから。
そんで、仰木がまた溜め息を一つ自分の懐に向けて吐いていた。
仰木はあんま話さない。京也さんはけっこう話してくれっけど、仰木は相手が社長って立場もあるんだろう。邪魔しないようにって思うのかも。そんな仰木が悩んでた。溜め息吐いて、憂いの表情で。
「よし! 仰木っ!」
ダチ、だもんな。
「飲むぞっ!」
「は?」
「酒だー!」
そんな時はさ、酒でも飲んで、ぱぁっと気分転換だ。
「語ろうぜ!」
恋人は同性。そう気軽に恋愛相談をできるわけじゃない。ましてや、相手が同じ学校、そんで、仰木の場合は相手が社長、そんなのさ、俺らしか相談し合えないだろ。
語り合えないだろ!
「おら、仰木、ちょっと、面、貸せや」
ダチ! なんだから!
「おらおらっ」
立ち上がり、顎をしゃくれさせながら、連れっぽく仰木を外へと連れ出した。行き先はこっから何百メートル先、角を右に曲がって、ぽつんとあるコンビニ……ではなく。その向こう、もう一個角を今度は左に曲がったところにあるスーパーだ。
「酒の買い出しだっ!」
まだまだ学生の身分な俺たちはコンビニなんてところで酒は買えないから、もうちょっとだけ若さで歩いて、いくらか割り引かれてる酒を求めに、ビーサンを爪先にひっかけた。
「お前、元気だなぁ」
「あははは」
外はまだ夕暮れ、夏の暑さがいくらか和らいだ中、どこからともなく盆踊りの歌が聞こえてきてた。
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