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犬も食わない飴玉編 5 今日は晴れ。今日も晴れ。

 仲直りは……した。 「なぁ、和臣」 「……」 「なぁってば」  仲直りはしたけどさぁ。これさぁ。ケンカの原因は、俺が指切って、そんで無理しすぎだっつって怒った和臣に俺がむくれた……んじゃ、なかったっけ? 「なぁ、なぁ、なぁ」  無理、しすぎだっつってさぁ。 「ご、ごめん」 「……」 「マジで、反省してます」  無理、させたことにはならないのかよ。このさ、今、朝、ベッドから出られたない俺は。 「……っぷ、あははは、めっちゃ和臣が困ってる」  今日はまったりかなぁ。土曜で大学が休みでよかった。  掛け布団ごと膝を抱えるようにまるまって座りながら、ベッドの端っこでしょぼーんってしてる和臣をじっと見つめた。洗ったまんまの金髪はやっぱ髪の色をいじりすぎてるぜいで、洗いざらしだとくしゃくしゃに寝癖がくっつくんだ。だから、普段はハードワックスバリバリなんだけど。今日はたぶんいらねぇ。  このまま一日、うちでゆっくり過ごすことになるだろうから。 「反省なんてすんなよ」 「いや、さすがに、お前、昨日、鏡ちゃんと見てないだろ。肌が」 「だって、鏡ちゃんと見れないくらいにトロトロにされてたんでー」 「ふぐっ」 「指を濡らしちゃダメだからって身体洗ってもらったまんま、風呂場でもイチャイチャしてたんでー」 「ふぐぐ」  キスマークそんなにすげぇの? 足の付け根はすげぇけど。 「ぷくくく」 「笑うなよ。マジで、反省してんだから」  ケツんとこ、ちょっとヒリヒリしてたけど。  でも、キスマークは嬉しいからオッケーっしょ。ケツんとこは、まぁ、和臣のぶっとーいのがほぼ一晩、そこに入ってたんだから、そうもなんだろ。そのことが嬉しくてたまらなかったから、もちろんオッケー。 「なんで、いーじゃん」 「あのなぁ、お前っ、っていうか、家事は俺がやるから!」 「はーい」 「動くなよ! お前、すぐに手伝おうとするからっ」  だって、和臣、へたっぴなんだよ。慌てるし。どれをどうしてとかわかんねぇじゃん。でも、まぁ、何をどうしたって、世界が逆回りするわけじゃねぇし。 「はーい、あっ! やば、今日、京也さんとこ行ったほうがいいかも」 「は? バイト?」 「んー、本当は違う」 「はぁ?」  違うんだけどさ。昨日、革材の新しいの山ほど見てきたと思うんだ。そんで、ぜーったいに、あの人、発注したくてうずうずしてるだろうから、俺、手伝ってあげたほうがいいかなぁって。というか、あの人、好きなことに目がないっつうか、我慢利かないからたまに同じ色とかのさ革材を呆れるくらいに買ったりするんだ。そんなにいらねぇっつうの。っていうか、そんな色のすでにすげぇ持ってるから、みたいなさ。  だから、手伝うっていうか、経費の紐をぎゅっとさ、肩結びくらいしておいたがほうがいいかなって。 「……あれ? 電話出ねぇ……?」  時間早すぎたかな。っていっても、九時過ぎてっから、もう起きて、もしかしたらアトリエ行ってると思ったんだけど。 「? …………まいっか」  とりあえずメッセージだけ送っておこう。すんません、発注の手伝いとかしようと思ってたんすけど、今日は無理そうなんで、また何か手伝えることがあれば明日以降ビシバシお願いしますって、それだけ送っておいた。 「剣斗、朝飯、何がいい?」 「うーん、俺、納豆ご飯がいい」 「りょーかい」  それだったら、昨日の残りご飯に納豆乗せるだけっしょ?  っていうか、なぁ、なぁなぁ、俺、マジで今日一日ここに監禁されんの? ベッドの中に? 「あとで買い物もしてくる! なんか食べたいものあるか? ゼリーとか! ヨーグルトとか! アイスとか!」  なにそれ。俺、風邪引いてるみてぇになってんじゃん。ゼリーにヨーグルトにアイス、その次は林檎に桃缶? 桃缶はさすがに古いか。 「あ! あと、タピオカとか?」 「っぷ、桃缶は?」 「ぇ? お前、桃缶好きだっけ? 生の桃じゃなくて、缶詰? がいいのか?」  やっぱイケメン和臣にはこのネタは通用しなかったか。風邪ン時のご所望デザートは普通桃缶だろ。うちの実家はそうなんだけど。 「ねぇよー。しいて言うなら、和臣」 「いくらでも」  びっくりした。欲しいのは和臣だっつったら、シュッと現れて、ちゅって、デコんとこにキスをしてまたキッチンへ戻ってった。  なんか今日の和臣は余裕がない感じ。  昨日の和臣も余裕がないけど、俺のことこれでもかってくらいに可愛がって、宝物扱いして、そんで、これでもかってくらい愛してくれた。 「和臣、いっちょう、お願いしマース」 「はいはいはい」  また、シュッと現れて、ちゅって、デコんとこ。そんでまたキッチンへ。  一番楽そうな納豆ご飯をリクエストしたのに何か悪戦苦闘している。何やってんだろーって思ってさ。また――。 「和臣、お願いしマース」 「はいはいっ」  シュットとで、ちゅって。またキッチンへ。 「和臣、お願い」 「お前なぁ、俺で遊んでるだろ!」  だって、おもしれぇんだもん。怒りながらもまたちゃんとデコキスして戻っていくのがくすぐったくて笑っちまう。 「ゆで卵剥き終わるまで、リクエスト一旦停止な!」 「なんでゆで卵?」 「サラダ作ってるから!」  ほら、だから手伝いたくなるんじゃん。だって、納豆ご飯だけじゃって思ってくれた和臣の優しいとこがくすぐったいから、じっとしてたくなくなるんだ。手伝いたくなるんだ。大丈夫。別に怪我じゃねぇし、桃缶食いたくなっちゃうような風邪も引いてない。ただの事後感にふわふわしてるだけ。なんだけど――。 「剣斗はそこにじっとしてろ」 「っぷ、はーい」  脱ベッド監禁、とはならなくて、感の鋭い和臣につい笑ってた。 「うまー!」  カニカマに醤油マヨ、これって俺の好物ベストスリーに入るから。何これ、なんでこんな美味いの。 「そ? よかった?」  マジでベッド監禁実行中だ。今日の朝飯はちょっと行儀が悪いけど、ベッドの上でいただきますした。お盆に納豆ご飯とサラダを乗っけて。  ゆで卵に醤油マヨ味のカニカマ、コロコロ切りのきゅうりにミニトマト。ドレッシングはマヨネーズにすりゴマと醤油を合えたやつ。めちゃくちゃ美味い。 「マヨネーズ、くっついてる」  親指でくいって拭ってくれた。過保護で優しい。 「ありがと、ダーリン」 「ぶっ、げほ、ごほっ、おまっ、何、急にっ」  柄にもないこと言ったら、どうなるかなぁって。 「あははは、めっちゃ納豆がほっぺたくっついてる。イケメン台無しー」 「おまっ」  納豆は……ちょっとネバネバすっから指で取んなくても、いっか。笑って、そんで俺の好物ベストスリーの入るカニカマを口に運んだ。 「……ったく」  マイ、ダーリン、なんて言うキャラじゃねぇけど。でも、気分はそんな感じなんだ。なんだいハニーっつってさ。  ラブラブバカップルってやつ。 「あ! やば! 洗濯物すんの忘れてた! でも! お前はここな!」 「はーい」  バカップル、照れ臭かった? ベッドから飛び降りた和臣の耳が真っ赤だった。 「あ、剣斗―!」 「はーい」 「雨、大丈夫そう?」  ちらりとベッドから見上げた空はどんより曇り空。  でも、今日は晴れるよ。絶対に。  何せ昨日何回もやったからさ。  お天気占い。何度も何度も走りながらポーンって抜けて飛んでいくビーサン。毎回、ぺたりと表を上にして着地してたから。  何度やっても晴れの予報だったから。 「だいじょーぶ、今日は晴れっから」 「りょーかい」  大好物にほっぺた落ちそうになりながら、まだ曇りだけど、絶対に確実に後で晴れる空を、二人で必死こいて部屋まで自力で運び入れたベッドの中から見上げた。 「やっぱ、カニカマ醤油マヨ、最高っ」  この日、晴れたかどうか、仰木が京也さんと仲直りできたかどうか、なんで、京也さんが電話に出ないのか。それは、またそのうち――。

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