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猫も食わない飴玉編(ひねくれネコ番外編) 1 バカって言った人がおバカ
だって、怖いんだよ。
「よ! こんばんはー! ……違うか。ノリが軽すぎ?」
なんでって言われたってさ、こっちはあっぷあっぷなんだよ。
「こんばんは。昨日はごめんね? ……って、甘えモードで言ってみる? うーん、けど、柚葉ってそういうの騙されないしなぁ」
仕方ないじゃん。
「昨日はごめんなさい……」
好きすぎて、どうしたらいいのかわかんないんだもん。
「…………はいはい。何、忘れも、の……」
ピンポンってしたらすぐに出てきた。しかも、誰かと間違われた。
「……ぁ」
あと、なんか、すごい驚かれた。
「……失礼しました。お邪魔しました」
そのことに、無性に腹が立った。誰と間違えたわけ? そんで、いたのが誰かさんじゃなくて俺ってわかってそんなに驚いちゃうわけ。あっそ。あーっそ、そうですかそうですか。
その誰かさんと今まで部屋で何かしてたわけですか? 忘れ物しちゃったわけですか? ふーん、へぇ、ほー。
「ちょっ、何、なんで帰んのっ」
「お邪魔なので」
なんで帰るのかだって? はい? そんなの俺はここに来ちゃいけなかったでしょ? お邪魔だったでしょ? その誰かさんが本当に忘れ物しちゃってたとして、俺がここにいたらまずくないですか? 何を忘れたんだか。あーやらしい。節操なし。
バーカバーカ。
「邪魔なわけねぇじゃん。っつうか、帰るなよ。あがって」
「いやです。さようなら、おやすみなさい」
バーカ。
「おい! 京也!」
「仕事、抜けて来てんの! だから帰るの! さようなら」
そんで、柚葉はその誰かさんと――。
「おい、京也」
「それじゃ、おやすみなさい」
誰かさんと――。
「……っ、やっぱ、あがる!」
「はぁぁ?」
バイバーイ、バーカバーカって、何度も心の中で暴言吐いて、手をヒラヒラと振りながら、もうここで「さようなら」……なんてしたくなくて、溜め息混じりに閉められそうだった扉へ咄嗟に革靴の足先を突っ込んだ。
「なっ、何してんた! あんた、怪我するぞ!」
「しない! あがるっ!」
だってイヤだったんだもん。さようなら、とか。
「あがるってば!」
全然、したくなかったんだもん。
部屋の中は普通に整理整頓されてた。とくに柚葉のじゃ絶対にないだろう下着もベッドの下に落っこちてないし、ベッドも乱れてない。テレビは……ねぇ、これ二十歳の男子が観るテレビ番組じゃなくない? 何、この寺院めぐり、湯めぐりの旅って、もうおじーちゃんじゃん。旅行で巡るのが寺院と温泉って、ある意味癒しがすぎて、おじいちゃんだけど。
「ったく」
溜め息吐かれて、そして、コトンと紺色のマグカップが一つテーブルに置かれた。
「あ、これ……使ってくれてんだ、コースター」
前に作ってあげたやつ。革の切れ端が出たから、それでちょっと作って見たんだ。端を縫って、色がベースよりも一段階明るい革紐で端を縫ってあるの。切れ端が立ち上がってお皿みたいな形にしたんだ。柚葉のはグリーン。
「あぁ、使ってる。すげぇ便利」
「あ、りがと」
「こちらこそ、ありがと」
「いえいえ」
俺のは色違いでオレンジにした。二つ合わせるとニンジンカラー、なんちゃって。本当は革紐の色をスイッチさせて、ベースカラーがオレンジに紐がグリーン。柚葉のは反対にベースがグリーンの、革紐がオレンジにしようかなって思ったんだけど。やめた。
ペアルック感すごすぎるでしょ?
「足は? 怪我してねぇ?」
「へ?」
「さっき、ドア、挟まれただろ」
「あぁ」
挟まれた、んじゃなくて、俺が挟んだんだよ。扉閉じられたくなくて慌てて足を突っ込んだの。
「平気……」
柚葉がしげしげと俺の足を見つめてる。見たことある光景。あれ、御伽噺のさ、シンデレラ。王子様がお姫様の小さな足を手に乗せて、君があのシンデレラってうっとり顔で囁くんだ。
もちろん、そんなロマンチックなものじゃないけど。
「気をつけろよ。あんた、アーティストなんだから」
「そんな大袈裟な」
「足もだけど、マジで、指とか挟まないようにしろよ」
「……」
ガラスの靴は到底似合わない男の足だ。
「大事な指だろ」
「……」
その足を丁寧に、そっと壊れ物みたいに掌に乗せて、まるでキスでもしそうで。
「あっあ、あ、あ、のくすぐったいっ」
「あぁ、ごめん」
宝物じゃないんだからさ。そんなに大事にしなくたって。
「……」
ゆらゆらと、紺色のマグカップからはコーヒーのいい香りがした。
「柚葉の分は?」
「あー、そのマグが俺の」
「え? ぁ、そうなの」
「あいにくうちには客用のコーヒーカップなんて洒落たものはねぇから」
だから、たくさん入りそうな大きなこのマグなのか。
「人、なんて来ないからな」
「……来てたじゃん」
普通に言えばいいのにね。
えー? でも、さっきまで誰かさんいたでしょ? 俺以外にもそういう人いるの? えー、何それムカつく。俺オンリーじゃないんだぁ。
今までならそういってからかってみたり、相手を試してみたりしてた。よっぽど気に入ってたら、そこで跨って誘惑めいたキスでもして押し倒すかな。やらしいことしたかったりしたらそのまま、ね。あんまり気に入ってなかったら、フーンって言ってその場でバイバイ。お前に遊ばれるようなレベルじゃないんだからって、ポイッてしてた。でもさ。
「誰かさん」
でもそれができないんだ。上手にいえないどころか、下手くそすぎるでしょ。
「忘れ物かー? って、さっき言ってたもんね」
可愛くない言い方。拗ねてみせる甘え上手なネコになれない。
「何? ヤキモチ?」
「は、はぁ? ちがっ」
ほら、押し倒された。これはやらしいことをしましょうって感じだよ? 昔の俺なら。
「ちょっ、重い! どいてよっ」
首に手を伸ばして引き寄せて、キスをしたかな。
「剣斗だよ」
「!」
「さっき、あいつケンカして家出したらしい。そんでうちに来てた。けど、彼氏から電話があって慌てて帰った」
けれど今の俺はじたばたして、誘惑からは程遠い感じ。
「だから、忘れ物したのかと思ったんだ」
あ、っそうですか。
ふーん。
「って、ちょっ、なっ、柚葉! ン、あっ、待っ」
ホッと…………してしまった。剣斗君だったって聞いてホッとして、その顔を柚葉に見られて、微笑まれた。
笑われたことに真っ赤になったところで、うなじにキスをされて、うろたえた自分の声が甘く変わる。
「ン、んぅ、ん、待っ、ぁ、柚葉っ、ぁ」
「無理、勃った」
「や、バカ」
バカバカ。
「京也が可愛いのが悪いんだろ」
「やぁン」
バカな俺。
ペアルックのコースターにしたいのにできないおバカさん。
だってさ、今はいいけど、わかんないじゃん。
「あっ、ン、柚、葉っ」
柚葉とずっとこうしてられるかどうかなんて、さ。わかんないから、ビビっちゃって、ペアルックなんてできそうにないおバカなんだもん。
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