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真夏のプール編 1 はぁぁぁぁぁ?

 夏だ!  カレーだ!  でも暑い中、カレーで汗かきたくないっつうか。汗臭くなったら、やじゃん? やっぱ。  そんなら、そうめんだ!  ちゅるりと食べられて、さっぱりで。俺はめんつゆ派。ワカメとか、大葉とか、きゅうりも乗っけて。あ、錦糸卵もいい。 「ただいまっ」 「おかえり」  それ、冷やし中華じゃん! ってな。  そんで、やっぱり。夏は――。 「プールだろっ!」  と、そんなそうめんを茹でてる和臣の目の前に、ピーンと伸ばしたプールの無料チケットを出してみた。  コンロの横、大皿があってそこには大葉にみょうが、それから長ネギ刻んだやつと、きゅうり。錦糸卵……は冷やし中華じゃないから乗せないらしい。 「…………」  和臣はプールのチケットで手元が見えないと、頭をずらして、白い泡がゆっくりのっそり膨らみ始めた大鍋へと視線を戻した。  そうめんを清々しいイケメン風に茹でてる。カフェバイトが連日入っててちょっと夏バテ気味らしい。だからか、ちょっと気だるそうで、それがまたなんか色気ある感じの。  そんな和臣がちらりとその券を見た。 「チケット?」 「ひひひ。すげぇだろ。もらっちった」 「誰に? なんでももらわないように。タダより高いものはないんだから」  差し水をしながら、和臣がすーんとしたテンションでそう言った。 「ちげーよ! くれたの京也さんっ! お得意さんから持ったんだけど、プール行かないからってくれたの!」 「なんで行かないの? 京也」 「塩素の匂いが嫌なんだって。面白くね? あの匂い嫌いって」 「分かるけどね」  えぇ? なんで、いい匂いぃとは思わないけど、こんな面白そうなプールのチケットいらなくなるくらい、じゃなくない?  ほら。  ウォータースライダーが四、五……六もあるし。お化け屋敷もあるし。  楽しそうじゃん。  ――ほらほら、行っといで。俺いらないから。なくさないようにすぐにカバンにしまう。  そう、つーんとした顔で京也さんがパタパタとうちわにしては微風さえ送れないペラペラのチケットを俺にくれた。なんで? いいんすか? だってこれ、ペアっすよ? そう言って、本当にもらっていいのか確認したかったけど、そのすぐ後に仰木が来ちゃったから訊けなかったんだ。  マジで? ラッキー。なんて心の中で大ジャンプばりのスキップしながら、バイトからの帰り道でどんなプールか検索しまくった。  ウオータースライダーにお化け屋敷。お子様プールも充実。室内用プールもあって、室内にもでかい滑り台が一つついてるんだって。すごくね? 夏にこのプール行かないとかないだろ。マジで。あとでやっぱ行きたいからって京也さんに言われないかなって思うくらい、すげぇ楽しそうなとこだった。塩素の匂いなんて気にしてられないくらい、すげぇすごそうなプールだった。 「行かないよ」 「えええぇ! なんでだよ!」 「……なんでも」 「はぁぁぁぁぁぁ?」  夏は暑い。  毎日毎日、熱中症注意報の真っ赤な「危険」の文字を見てるだけでものぼせそう。  こんなに暑いからこそ気持ちいいプールだろうが。そのプールが地元にあるような感じのじゃないんだぞ? ただの二十五メートルプールと、すげぇだろ! ってこれ見よがしにデカデカと市のホームページに載ってる、流れるプール、その二つだけの市営プールとは訳が違うんだぞ? 流れるプールあるけど、最長なんだってさ。一周回るのにすげぇ時間がかかるし、そのコースの間にもトラップたくさん仕掛けられてるんだって。 「なんでだよっ! 行こうぜ!」  そんなん、絶対に楽しいじゃん。 「行きません。ほら、ワカメ絞れ」 「ええぇ、なんで。理由はっ?」  行かないなんて選択肢ないんだけど。この券だって買ったら、オンシーズンってこともあって、一人七千円とかするんだぞ。合計で一万四千円税込だぞ。マジで。 「……なんでも」 「はぁぁぁぁぁ?」 「ほら、そうめん茹で上がったぞ。手洗ったか?」 「あ、まだっ!」 「早く食べて早く風呂入る」 「プールは?」 「行かない」 「えぇー……」  絶対に楽しいのに。  絶対に夏しか行けない楽しい場所なのに。 「そっかぁ」 「……」 「じゃあ、しゃーねぇ、仰木誘うか」 「は?」 「あ? 仰木。あいつ誘って行ってくる」 「はぁぁぁぁぁ?」  あ、すげ。さっき俺がした返事と一緒。 「なんっ」 「だって、和臣行かないから仕方ねぇじゃん」 「そんっ」 「ペアチケットだもん」 「だもっ、って」  一人で行っても楽しくないだろ? つーか、一人でウオータースライダーやんの微妙すぎるだろ。ギャーっつって滑ってさ。プールのラスト飛び込んだ後に上がっててさ「すげぇな!」つてはしゃぐわけにいかないじゃん。一人だったら。黙々と滑って、プールに落っこちて、上がってきて、また別のウオータースライダー乗って。  寒いだろ。  真夏の中でそれは流石に寒すぎるだろ。 「無理強いするもんでもないし。それに仰木、案外こういうの好きそうだからさ」 「はっ?」 「だから仰木と」 「ちょっ!」  仕方ねぇって諦めて薬味をたっぷり乗せた大皿をテーブルに運ぼうとした。 「なんでそうなるのかな。しかもあっさりと」 「は? だって行かないつーから」 「行く」  無理強いよくないじゃん。カフェバイトで疲れてるのは知ってるし。 「それなら行く」 「はぁぁぁぁぁ?」  本日、三度目の「はぁぁぁぁぁ?」がそうめんが茹で上がったばっかで少し熱気の籠ったキッチンにこだました。

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