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第1話 昭和のかほり
鶴の恩返しってさ、自分の本当の姿を見られて立ち去っちまう。けど、思うんだ。もし、もしも、あの時、あの人たちが襖の隙間から覗いて見てしまった正体に驚いたり、狼狽えたりせずに、受け入れてくれていたら、あの鶴は逃げなかったんじゃないかって。鶴でもいーじゃん、っつって、スルーしてくれたら、鶴は……嬉しかったんじゃないかなって。
そのままでいてもいいんだって、笑ったんじゃないかな。
だって、俺は、あいつが笑ってくれて、たまらなく嬉しくて仕方なかったから。
「品川剣斗(しながわけんと)」
「あーい」
「お前、これは、もう少しがんばれよ」
「あ?」
期末試験の結果も高校三年になると一喜一憂する熱が変わる。人生終わったって顔をする奴もいれば、ガッツポーズで満面の笑みになる奴もいる。
「……やべぇ」
そして、俺は、人生終わった班に片足を突っ込んでいた。
これは、やばいかも。クリスマスだ正月だと浮かれてる場合じゃないかもしんねぇ。さすがに受験生がこの時期に期末試験でこの点数は……やばい。
「親父、発狂すっかな」
そう呟きながらトボトボとこの現実を、重たい現実を、鞄に詰めて帰宅している最中だった。
発狂、すんだろうな。行きたい大学は普通の大学と違ってて、職業訓練みたいなのも兼ねてる。学力はある程度あればいい。ただ専門的な技術を学べて、授業はぎちぎちに詰め込まれてるし、実習ハンパないから、楽しい大学ライフとは程遠い感じ。飲み会しまくって遊びまくれる大学生にはなれない。レポート、実験、実習の連続で、勉強っていうよりは本当に訓練校。入試試験は学科と小論。大学と専門学校の中間みたいな学校。
けど、俺はそこに受かることができるかどうか微妙なとこで――。
敗因はわかってる。
「あ、すげぇ、コマメさん、また可愛いのアップしてる」
そのコマメさんがUPした画像を拡大して、まじまじと見つめてた。
側から見たら、俺は何をそんなにスマホをガン見してんだって感じだろうか。
うちの地元はヤンキーがまだ存在している超絶田舎。さすがにこの時代に暴走族なんてものはないけど、うちの親父はがっつり暴走している族だった。その当時の写真を前に見せてもらったことがあるけど、仮装としか思えない服着ててさ、ハロウィンかと思った。笑ったらゲンコツ食らったけど。
「こんにちは、こちらは明日が雨の予報です。新作、すごい、可愛い……ですね。私も、してみたい、ん、です……と」
余所から見たら、スマホをそんなに真剣に見つめる俺は風貌からして、エロ動画見てる、とか思われがちかも。けど、実際は。
「だよなーっ! 結構手間だよな」
コマメさんの返信に俺は口頭で答えて、また、その画面を見つめた。今、俺がガン見してるのは、エロ動画じゃなくて。
「パッチワークかぁ……」
手芸作品の写真。
「いいなぁ」
ツイッターで知り合ったコマメさんっていうOLさんの作ったぬいぐるみだ。すげ、可愛い。パッチワークで小さい花柄の布を使って、手、足、腹の右左、背中、あと顔も布切り替えて作られたクマのぬいぐるみを、今、俺はガン見してる。
――ケイトさんもやってみたらいいのに。きっとケイトさんならすっごく可愛いの作れる気がする。
「あは、ありがとお……と」
そう返信をした。でも、さすがにそれやりだしたら布集めもしないとだし、無理だろな。つか、受験生だし。そうそう受験なんだっつうの。パッチワークトークしてる場合じゃねぇんだっつうの。
さすがに期末が散々な結果になった理由が、新作の、アルパカぬいぐるみをどうしても完成させたくて、とか言ったら、発狂どころじゃないかもな。
「あー、どぉすっかなぁ」
溜め息と一緒に空を見上げた。夕暮れのオレンジ色をした空に、呑気に飛び回る……カラス。
ツイッターの中での俺は手芸が趣味の年齢不詳、性別は明記してないけどなんとなく女性寄り。高校生だとかもわからないようにして、つまりは、性別もなんもかんもウソついてる。
実物は、見た目、金髪を後ろに流すオールバックスタイルで、ネクタイなんてまともにしたこともないような不良。たまに喧嘩もしたりなんかして。この前も駅前歩いてたらどっかのヤンキーに絡まれたんだ。ヘラヘラ笑った顔がうざってぇから、追い払っちゃうようなそんな奴。
「一発殴られる覚悟しとかねぇと」
どっかのアットホームアニメのお父さんばりの「ばっかもーん!」を言われて、ゲンコツ……一発で済めばいいと願うばかり。
「大学受かったら、自立して、そんで! マジ、パッチワークやってみてぇ」
さすがに実家でそこまでやり始められないだろうからさ。今はソーイングセットとして百均で買った半透明の箱を使ってるけど、パッチワークもってなれば、布を管理するためにもうひとつ箱欲しいし。
あと、何より、ミシンが欲しい! そしたら、あれもこれも作り放題。
現実の世界と完全に切り離したツイッターの中の自分。日々の生活は、いわゆるダチとつるんでダラダラすごす不良。雰囲気も全部が反転してる。夜になったら手芸して、作品が出来上がったら写真をアップして。手芸女子トークに花を咲かせる。
「そういやカズさん、直せたかな……」
期末試験の前々日だった。大事なぬいぐるみをどこかに引っ掛けたみたいで穴が開いてしまったが、どうしたら直せますか? って、写真付きの呟きが流れてきたんだ。掌サイズの小さなクマのぬいぐるみで、腹のところにほんの少しだけど穴が数ミリ開いていた。これならすぐに直せるから、こうしてこうだって、教えてあげた。そしたら、すげぇ感謝されて、その人が作品も見てくれたらしくて、あれ可愛いとか、これ上手とか、ちょっと手芸の話して、なんだかんだでフォローもしてもらってたよな。
そんでその人のぬいぐるみ修復作業に細かくアドバイスしながら付き合ってたから、試験勉強そっちのけになった。
だって、きっとすげぇ大事なぬいぐるみなんだろ。わかんねぇけど、できるだけ糸が見えないように、元の通りに直したいって言ってたから、大事な何か思い出が詰まったクマなんだ。
だから、俺も丁寧に教えたかったし。
けど、結果として、試験のほうはヤバイことにはなっちまうわけで。でも、ほら、あの大学の去年の倍率トントンだっただろ? 入れないほうが奇跡なんじゃね? 学力向上よりも仕事できる奴を育てる訓練校みたいなもんなんだからさ。
「ま、どうにかなんだろ……」
「どうにかなんねぇだろ」
「ぐっ」
家に帰って即呼び出された。そして、ヤンキーで元暴走族の親父がめちゃくちゃ睨んでた。
「剣斗(けんと)、何受験直前にこんな点数取ってんだ」
「あー、はい」
「あーじゃねぇ!」
ピシャリと落ちた雷。わかってる。親父の言いたいことはわかる。家が車の整備工場やってて、俺がその大学でしっかり技術身につけて継ぐっつったら嬉しそうだったし。大学落ちてもどうにかなるだろ、みたいなチャラチャラしたのが嫌いなのも知ってる。
「だから、どうにかしてもらえるように家庭教師頼んだから」
「は? え、ちょっ」
「イヤはなしだ。わかったな」
「ちょ、親父!」
そんなん聞いてねぇって、食い下がろうとしたけど、キッチンで俺と親父の会話を聞いていたお袋が笑ってた。学園一のマドンナだったんだって。それを暴走族の親父が射止めたって、酔っ払う度に自慢されるんだけど。マドンナも暴走族も、単語としてほぼ死語すぎてさ。
「なんだよ、家庭教師って」
田舎だし、うちも木造だし、そんで俺も、暴走族とマドンナとの間の子どもはヤンキーで、全部が古めかしい。
「こんにちはぁ。今日から家庭教師をすることになった、畠和臣(はたけかずおみ)です」
そんな我が家に突然現れた、アッシュのカラーリングに短髪っていうかベリーショートのヘアスタイル。今のトレンドをしっかり入れて春って感じの爽やか系男子が爽やかに笑ってた。
「宜しく」
昭和のかおり漂うヤンキー一家に、トレンドの風が吹き込んできた。
その風が、俺が鶴の恩返しの鶴だとしたら、鶴でもいーじゃん、っつって、スルーしてくれる、その人になるなんて、この時の俺は、これっぽっちも予想していなかった。
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