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第2話 華麗にスルー
畠和臣、俺の行きたい大学に通う、今は二年生。もしも俺が無事合格して入学できたのなら、三年生になっているだろう先輩。今風で、チャラチャラしてて。
「うちの大学はいいよぉ。就職っていう面で言ったらかなり楽。四年かけてみっちり技術叩き込まれるから、企業的に取りやすいんだろうなぁ。でも、講義はめえええええっちゃ厳しいけど」
こういう話し方も苦手っつうか。明るい感じがダメ無理っつうか。
「そうなんすか」
俺って、けっこう人見知りなんだ。
「あ、剣斗、そこ、違ってるよ」
ほら、こういうすんなり呼びタメするあたりが、すげぇ苦手。
「男ばっかだしねぇ、だから、あれよ? 大学生だワーイ、これで彼女作って、飲み会で騒いで、社会人になる前に色々経験しとこー! みたいなのは、無理よ?」
「や、別に。わかってます」
いや、俺のは人見知りとはまた違うか。
小さい頃から可愛いものとか好きだった。戦ったりするヒーローアニメよりも、ほんわかした動物たちの日常を綴るようなアニメが好きで。剣や銃の玩具よりも、柔らかくてあったかいぬいぐるみが好きだった。百均とかに売ってるマスコット製作キットを使ってクマを作った。そしたら楽しくて、皆がゲームを攻略して制覇してる時、俺はこっそりと、うちで百均のマスコットシリーズを制覇してた。
楽しくて、夏休みの自由研究をそのぬいぐるみ作成にしたんだ。周囲には内緒だったけれど、夏休みの課題でなんとなくやってみたってカモフラージュできるかなって思って。それでも、まだガキだった俺は、案外こんなこともできるのかよ、すげぇっ、て驚かれるだろうと、内心では自慢気だったんだ。
けど、そんな歓声は聞こえなかった。
――うわ。すげぇ、女の趣味じゃん。
聞こえてきたのは心ない声と失笑。自分はただ楽しくて、上手だと自慢に思ってたくらいだったから。だから、その声に奈落の底へ突き落とされた気がした。
だから、なんか、初対面の奴には自動的に身構える。
そんで、どうせ、見た目だけで色々判断されるんだって思って、身体が距離を置きたがる。この見た目はかっけぇと思ってるからしてるけど、だからって、この見た目に合った趣味を持たなくちゃいけないのかよって、本当はいつも思ってる。
「けっこう実習とか厳しいとこだからさ」
「……そうみたいっすね」
「……」
女受け良さそうで、今流行りにしっかり乗っかって、チャラくて誰にもニコニコしてそうな人気者。
もちろん、人見知りも皆無でよくしゃべる。親父は酔っ払った時にはお得意のマドンナトークだけしたがるけど、日常では無口だ。ダチも、口を開けばとりあえず「だりぃ」とか文句が大半。こんな、キャッキャした会話はほぼない。だから、この人は俺にとって新種だった。
「あの、畠先輩?」
その新種がテーブルをじっと見つめて固まった。
「あの……」
テーブル、ガン見してる。
「畠先輩?」
「和臣でいいよ」
何? そんな思いつめるほど実習厳しいのか? と、思ったら、いきなり顔を上げた。
「あはは、ごめんごめん。このテーブル、珍しいなぁって思って」
「そうっすか?」
「ほら、このサイドがさ、波打ってて」
「あぁ」
部屋用のテーブル。いつもここで手芸をしていることもあって、馴染んでるのかこっちのテーブルだ。勉強机はほぼ使わない。そのテーブルの端面が波打つように緩やかなウエーブをしていた。
「あのさぁ」
そっか、実習そんな厳しいのか。そしたら、手芸やる時間あっかな。行きたい大学は職業訓練も兼ねてるからか、色々免除もあって学費も格安、そして何より、実家のあるこの田舎からは通えない。だから、通うなら絶対にそこって思ってる。
そしたら、手芸する時間をしっかり作れそうだし。何より、こそこそしなくていいから。
親は俺のやりたいことに何も言わないかもしれない。でもそういうことじゃなくて、やっぱ小学生の時のあの一言は俺の中にかなり深くて大きな傷を残していったから、トラウマに近いものがあってさ。
「ケイト……」
「……ぇ?」
喉奥がひゅっと音を立てた。
「あ、あぁ、毛糸ですか? ニットの?」
「じゃなくて、ケイト」
そして心臓がすくみ上がる。
「あのさ、手芸の」
「!」
「手芸のケイトさん」
一瞬、耳鳴りがした。
「あ、いや、ごめん、このテーブルの端を写真で見たことあって。面白いカットだなぁって思ってたんだ。自分が建築科だからさ。そんで、アップされた写真の手がさ……」
「!」
その時、和臣の視線が俺の手を見たから、慌てて、手をテーブルの下に隠した。動揺しまくり。自分からその写真に写っている手が自分のだって言ってるようなもんだけど。
「男の手っぽいなぁって思ってて」
「……」
「そんで、今日の夕方、ケイトさんが、コマリさんと明日の天気の話をしてたのが、うちの天気予報と一緒だったから」
さっきのだ。新作アップの感想をリプした時の。
「!」
「まさかと思ったんだけど、なんとなく? 剣斗がケイト、なのかなって」
心臓がドッドッドって、血をこれでもかってくらいに全身にすごい速さで駆け巡らせる。
「わっ」
わりぃかよっ! 俺がぬいぐるみ作ってたら変かよ。そうとしか反論する言葉が見つからなかった。OLだとはっきり発言したわけじゃないけど、なんとなくその辺をぼかして、女の口調でツイッターの上には存在している自分を見つけられた恥ずかしさ。男なのに手芸をしてて、しかもぬいぐるみとか作ってて、笑われるんじゃないかっていう、怖さとか、色んなもんが襲い掛かってきて。今、この場で消えて、なくなりたいくらいで。
「俺! カズ!」
「……ぇ?」
「あの、ぬいぐるみの直し方教わったカズ!」
「……」
「親切に教えてくれただろ? そんで、そのあとけっこうリプ続いてただろ。その時の口調っていうか、言葉の端端が女っぽくないっていうかさ。剣斗に似てたし」
和臣が、カズ。
「そっか。世の中、狭いもんだな」
「……、ないのかよ」
「え?」
剣斗だから、ケイト。
「変とか、思わないのかよ」
「……」
「おかしいとか」
「なんで?」
手芸は女の趣味って、思わないのかよ。
「男でも手芸上手い人くらいいるだろ」
「……」
「俺はできない」
この見た目で、ヤンキーなのにぬいぐるみを作るのが好きだなんて似合わないって、笑わないのかよ。
「剣斗はできる」
鶴がはたおりして反物作ったって、別におかしいことじゃないって、そう思ってスルーしてくれたら、あの鶴は逃げなかったんじゃないのかな。
「ただそれだけのことだろ」
こんなふうに華麗に、スルーしてくれたのなら、怖がらないんじゃ、ないかなって。
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