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第3話 モテ男の包容力

 それは俺にとって世界を変えるようなすごい言葉だった。春風にふわりと煽られて、花びらも花の香りも、そして気持ちも一緒に青空に舞い上がるような。 「あ! そうだ! 俺がカズっていう証拠」 「?」  和臣はそう言って自分のリュックの中を漁り出した。そして、「あったあった」って小さく呟いて、振り返ったその手にはツイッターに上げていた穴が開いてしまったぬいぐるみ。 「あ、直ったんだ」 「そ、すげぇ、初心者にしては上出来でしょ?」 「うん」  本当は。  本当はちょっと下手だった。もう少し糸処理とかちゃんとやれば、もっと綺麗に直せたと思う。思うけど、でも、なんかこれはこれで素敵だからいいかなぁって。 「あの時はありがとうな」」 「……別に」 「すげぇ助かった」 「いいよ、そんなん」  大したことじゃない。それに手芸の話を誰かとするのは楽しいんだ。何かを作ることの大変さも楽しさも、全部、俺は好きだから。 「それ、すげぇ大事なんだな」 「あぁ……大事な人にもらったからな」 「……」  大事な人。恋人、なんだろうな。どこかその表情に切なさが混じってる。 「…………ぁ」 「? どうかしたか? 和臣」 「なぁ、もしかして、これの直し方教わってた時、お前、試験……」  和臣の表情が恐る恐るに変わっていく。目を丸くして、まさか、って感じに。 「あ、あー……」 「わりぃ、そうだよな。きっと試験か試験の準備期間とかだっただろ。俺、けっこうリプの応酬してたよな。あれじゃ、勉強、集中できないわ。よし! ここから本気で教える」 「……っぷ。ここから本気って、じゃあ、この授業の初っぱなのほうはなんだったんだよ」 「! それはっ」  このカテキョバイトはうちの親父が成績の悪い俺の大学進学を心配して、職場の人で俺の志望大学に息子が行っている人がいるからって、頼んでくれたんだ。年末年始で帰ってくる息子さんに家庭教師を頼めないかって。もちろんバイト代も出す。で、そのバイト代がけっこう相場より高かったから、和臣は大喜びで承諾した。 「ほら、笑ってないで、次の問題」 「っぷ」 「ほらっ!」 「はいはい」  そうそう、こんな感じでさ、カズとも、リプがずっと続いてた。短い会話。ぽつんぽつんと返ってくる短い言葉たち。その「ぽつん」がやたらと心地良かったんだ。  恋人、いるんだな。 「なぁ、和臣、ここは?」 「んー? あぁ、それは引っ掛け。動詞のように見えて、こっちにかかってんだ。そんで」  いるだろうな。モテそう。見た目が今風だからとかじゃなくて、話しやすい。女受け良さそうだ。そんで、恋人がいる。ぬいぐるみをくれたぐらいだから、きっとすげぇ可愛くて、小さくて、女子って感じで。  さっき、親父に紹介された時の和臣を思い出そうとしていた。背がけっこうあったんだ。だから、きっと小柄な女子がすっぽり抱きしめられるような、そんな感じになるんだろう。包容力? っつうの? そういうのがあってさ。頼れる感じ? って、俺ら高校生なんて、大学生にしてみたらガキなんだろうな。今、俺だってそう思う。自分がいつもつるんでるダチにはない雰囲気があって、落ち着いてて、まったりしててさ。きっとこれがダチが集まっての勉強会だったら、こんなふうにちゃんと勉強にはならない。ダラけて、しゃべって――。 「あっ……」 「どうかした?」  和臣がどっかわからないとこがあったんだなって、俺のテキストを覗き込もうと首を傾げた。高校生、十八のガキンチョにはあんまない、筋張って、骨っぽい首。 「わり。俺、けっこうタメ口だった」 「…………」  ぽかん、って、された。 「…………っぷ、っぷははははははっ」 「ちょ、なんだよっ!」 「おまっ、お前って」 「んなっ!」 「タメ口のことっ、ぷくくく、気にして、あははは」  そして、腹抱えて笑われた。 「だって! 一応先生だろうが! それに、いいだろっ! ヤンキーだからって、別に」  ヤンキーっぽいからって、別に、ちゃんとするべきところはちゃんとしとくだろ。見た目と中身のちぐはぐは、だって。 「そうじゃねぇよ、剣斗」  笑ってた和臣が、笑うのをやめて、大きくて骨っぽい手を俺の頭に乗っけた。 「見た目がどうとか、ヤンキーだからとかじゃなくてさ」  ひねくれて、不貞腐れるのも忘れるほど、その手がとても優しく俺の頭を撫でてくれる。 「ツイッターで話してたケイトさんそのまんまだなって」 「……」 「すげぇ丁寧に教えてくれただろ? お前、試験勉強あって、しかも受験生じゃん。なのに、裁縫が全然出来きない俺に丁寧に写真付きで、教えてくれたじゃん」  だって、超初心者が穴を綺麗に補修するっつうのは難しいだろ。だから、俺はいらない靴下だけど、穴開けて、実際に細かく教えたんだ。 「あれ、穴わざと開けたんだろ? あの時は、ちょうどいいのがあったから、なんて言ってたけど。ありがとうな」 「……」 「その時に、写真ガン見してテーブルと手でお前がケイトさんって、今、わかったわけだけど」  別に親切にしたんじゃねぇよ。カズさんが、つまりは和臣がそのぬいぐるみをすげぇ大事にしてたから、そういうのイイじゃん。俺、そういうの好きだから、ほっとけなかったんだ。 「そんで、ケイトさん、っつうか、剣斗、丁寧に教えつつ、普通に会話もしてくれただろ? それがすげぇ礼儀正しかった。良い人だなぁって思った」  物を大事にする、っていうの、俺は好きなんだ。自分が物を作るからなんだと思うけど、どんな物だって作った人間がいる。たとえ機械が作った量産品だったとしても、箱詰めして、店に並べた人がいる。だから、俺は大事にしたいって思う気持ちがすごく良いと思っただけ。好きだと、思っただけ。 「んで、やっぱ同じ人間なんだなぁって」 「……」 「ツイッターで話してた優しくて親切で礼儀正しいケイトさんのまんまだなぁって思ったんだよ」  俺も、思った。 「よし。そしたら、次、サクサク進めるぞ。マジで、ケイトさんを受験大敗とかさせらんねぇから」  ツイッターでたくさん話したカズさんは心地よくて、なんかどっかゆったりしたとこがあって、包容力? 大人の余裕? わかんねぇけど、話すの心地良かったんだ。それと同じ心地良さが和臣にもあって、すげぇ嬉しいっつうか、気楽っつうか。 「受験生に、大敗とか、不吉なワード普通に言うなよな」 「あはは。お前、そういうの気にすんの? 心配すんな。俺が必ず、合格させるから」  楽しいって感じたんだ。

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