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第4話 パラリラパラリラって
お茶、用意オッケー。お菓子。あ、そうそう、ネギ煎餅が美味いっつってたから大入りで買っておいたんだ。あと、この前、最終回、時間がラスト十五分延びてたの知らなくて、録画予約だったのが途中でぶった切れてたって、見たかったのにって話してたから、それの録画と。あとはとくには――。
ピンポーン
「来た!」
時間通りになったチャイムにお袋が「はーい」って返事をして、出迎えに行った。
和臣だ。
あとは、あとは、とくには……って、テキスト出してねぇじゃん。
「よ、今日はさみいなぁ」
慌ててテキストを用意していたところに、和臣が外の冷たい空気を連れて入ってきた。今日はすげぇ寒いから。ぎゅっと肩を竦めた和臣の鼻が冷気に真っ赤になってた。そんで、その冷たい空気に、一日うちの中にいた俺の心臓も、和臣の肩と同じくらい小さく縮まって、そんで、ドキドキと、寒さ対策なんだろうか、鼓動を早くしていた。
「あれ、今朝、アップしてたの、すげぇ、可愛かった」
勉強が一区切りついて、少し休憩しようとネギ煎餅を差し出すと嬉しそうな顔をして、手に取ってくれた。
「あー、手袋っぽいやつ?」
朝のうちにツイッターにアップしたんだ。手の甲から手首を覆った感じのアームウオーマー。指までいくとダサいから、手の甲までしか覆ってない。お袋が欲しいって言ってたから、ちょうどいいかなって。大したものじゃない。編み物も慣れてるから一晩で編めた。
「そうそう。あ、こっから、こっから途切れた! そんで、マジかー! って、叫んだ」
「っぶ、でも、たしかにここで切れたら、叫ぶかもな」
マジかー! って。ドラマはクライマックス。相手は好きになっちゃいけない人だった。ダメってわかってるのに、無理だと思うのに、それでも、どんなに足掻いてもやっぱり貴方のことが! で、ちょうど、ブツッと切れたらしい。
いいじゃん。もう手繋いで、見つめ合って、良い雰囲気だったじゃん。夏祭りでキスもしてたじゃん。なら大丈夫だろ。言えよ。早く。もだもだしないで言ってみろって。ぜってぇ向こうもお前のこと好きだって。そこまでしといて違ってたら逆にビビるわ、って思いながら俺はその瞬間を、ネギ煎餅と共に見守ってた。
「必死よ? 俺は、続き気になるじゃん」
「はいはい」
「はぁ、これでスッキリだわ」
「でも、こんなんわかりきってんじゃん。このあと、こいつが走って、追いかけて、あいつに告、」
「ぎゃあああああ! 言うな!」
必死だなって笑った俺に和臣が、録画が途切れた時の気持ちを熱弁してくれる。時間延長なんて聞いてないって。いや、言ってたし。先週、最終回は時間が十五分長いって言ってたし。
「おー、頑張れ」
和臣がテレビの中で、告白しようかどうしようかと悩む主人公を応援してやってた。俺はもうそのシーンを観てるから、テレビドラマの代わりに、和臣の横顔を見てる。
「ビビるよなぁ。うんうん。頑張れ」
そういうもん? 俺は、早く言っちまえって、もどかしかったけど。恋愛したことねぇから、こういうのわかんねぇ。この年でって、思われるかもだけど、恋愛っつうか、彼女も、まだできたことがねぇ。だから、キスもその先も――。
心臓がバクついた。
次の展開をわかってるから。この次にどんなシーンが来るのか知ってる。告って、やっぱり全然余裕でオーケーもらえて、そんで微笑み合って、この後、キスをする。
ほら、今から、ちょうど……そのキスシーン。
「……」
今、まだ、キスシーン。
「……」
やべぇ。これ、気まずい。
「……」
まだかよ。こんな長かったっけ? テレビ画面ガン見もできないし、かといって、和臣のほうは見れないし。もう、先に勉強再開しちまうか。俺、これもう見たからとか言って。
和臣にしてみたら、キスくらい大したことじゃないんだろう。したことない俺にしてみたら、すげぇ大したことなんだけど。そっか……そうだよな。和臣はしたこと、あるんだよな。誰かと、このドラマみたいに道端で、好きだとか言って、抱きしめてキスとか、したこと、あるんだよな。どっかの、誰かと。
「なぁ、剣斗」
「あぁぁ?」
「え……なんで、いきなり不機嫌?」
「しっ、知るかよっ!」
和臣が俺のドスの効いた声にびっくりしたけど、俺だって驚いたんだ。突然、声をかけられて、返事が喧嘩上等みたいなノリになった。なんでなのかなんて知るわけがない。そうなったんだ。
「あ、もしかして、キスシーンにドギマギしてた?」
「はっ、はぁぁぁぁ? んなわけねぇだろっ! バカじゃねぇの? キスなんて、べっつにっ」
「でも、耳真っ赤だけど」
「うっせぇなっ!」
ムキになればなるほど、ギャンギャンうるさくて、耳どころか頭も顔面も熱くて、またそれを知られたくないから声を荒げてる。殴りかかる勢いでのしかかろうとしたら、両手を掴まれて、自由を奪われた。今風のチャラ男っぽい見た目してるくせに、案外、その腕の力が強くて振りほどけない。暴れても微動だにせず、じっとこっちを見つめられて、視線が勝手に泳ぐ。
「けっこう腕力あるだろ? ……っていうか、もしかして、マジでドキマギしてた?」
「し、してねぇっつてんだろっ! てめぇ、マジでっ」
「まだ、キスとかしたことないとか」
「っ!」
したことあるに決まってんだろ、バーカって言えばよかった。でも咄嗟に出てこなかったんだ。言えばよかったけど、キスシーンに動揺しまくって、手掴まれたまま解放されないことにも戸惑ってた俺はそこまで頭が回らなくて、手首んとこも熱くてさ。答えに詰まっちまった。
「…………マジ?」
「わ、わりぃかよ……いいだろ、そんなん」
「……」
とにかく俯いた。耳も真っ赤だろうけど、とりあえず顔面ゆでダコみたいなのはせめて見られないようにって、首が折れそうなくらいに俯いて。
「……いいと思うよ。別に」
その首が折れそうなくらいに俯いた頭を、和臣が撫でた。きっと、ガキだなって思ったんだろ。女にモテそうな和臣にしてみたら、その見た目で奥手なんて、可愛いじゃん? とか、子ども相手に余裕のある感じなんだろ。
ムカつくけど、和臣の掌で頭を撫でられるのは、案外気持ちが良くて、なんか、ふわふわした。発火スイッチオンになった俺の頭が、その手でゆっくりとオフになる感じ。オフになって、力が抜ける。
「話がズレたけどさ。明日、暇?」
「あ?」
さっきまでのからかう感じが一変した。落ち着いた感じの声に、顔を上げた。
「明日、大晦日だろ?」
「……ぁ」
そうだった。あんま気にしてなかったけど。
「もし、よかったら、初詣行かない?」
「ぇ?」
「ほら、合格祈願ってやつ」
どう? と優しく笑いかけられて、ムカついたのも、からかわれて恥ずかしかったのも引っ込んだ。
「あっ!」
「! なっ、なんだよ!」
「でも、あれ、ほら、初日の出を見に、天狗峠まで走りに行くとか? ほら、ラッパみたいな音鳴らしながら」
「……っぷ、何それ。そんなんしねぇよ」
天狗峠、知ってる。親父が暴走族やってた頃、なんでか、正月は血が滾るらしくて、その天狗峠までバイクで走りに行ってたけど。そうそう、なんか、ラッパみたいなの鳴らしながら。
「しないのかよ」
「しねぇよ」
ムカついたのも、恥ずかしかったのも引っ込んで、代わりに、頭のてっぺんに残った和臣の手の優しい感触がくすぐったかった。
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