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- 壱 -

 ◆  ほっそりとした肢体が弧を描く。奉公人たちがすっかり寝静まった夜遅く。有明行燈(ありあけあんどん)の頼りない薄明かりのみが褥を照らすその中で、なんとも艶やかな甘い嬌声が薄い唇から放たれる。  ここ、広い江戸の中では少しは名の知れた大店である米問屋、大黒屋主人弥兵衛(やへえ)は自分よりも二回りは離れているであろう、一見すると女人に見紛うほどの、げに美しき青年を組み敷いていた。  無駄な贅肉ひとつすら見当たらない、すらりとした華奢な肢体から伸びる長い手足。陶器を思わせるほどの白い柔肌に腰まである艶やかな漆黒の髪。長い睫毛は涙でしっとりと濡れ、目尻は上気してほんのりと赤みを差している。まるで紅をあしらっているようだ。嬌声を上げる度に開く薄い唇は唾液でしっとりと濡れている。その様子がたまらなくて、弥兵衛はかさついた唇で甘い声ごと奪い取る。  青年の名は、浅治郎(あさじろう)という。生まれは雪国だろうか。そう思わせるほど肌が白い。弥兵衛は青年の殆どを知らずにいた。それというのも、彼と出会ったのはほんの三日前だからだ。

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