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【短編】流星群
2018年2月24日参加
お題
・憎まれ口
・ニット帽
・隣においで
「クソ寒いわ、やっぱ帰んね?」
ぶつくさ言いながら夜道を歩く。
「お前が行きたいって言ったんだろうが」
隣で煙草をふかしながら呆れているのは、藤枝真咲。オッサンである。
長身で、ヤニ中で、彫りの深い顔。声は腹に響くバスボイス。でかい手と態度が特徴、いい感じに渋く枯れ始めて来たアラフォーだ。
俺、塚原雅とその真咲というオッサンは、オッサンが自宅と間違って俺の家に押し入ってきたというひょんなきっかけから、セフレを経て、愛人に昇格した。
そう、このオッサンには妻子があるんだ。
東京から大阪に単身赴任が決まった時、大学も中退してフラフラしていた一回り下の俺を、このオッサンは連れて来た。
会社が用意した住居に俺も住むことはさすがに厳しくて、真咲の家のそばに安アパートを借りた。真咲は週に二、三回ウチに来る。泊まってく時もある。
真咲が自宅に住んでいた時とは比べ物にならない、充実した愛人生活を営んでいるわけだが、夜な夜なウチ来て、ヤって、の繰り返しも、ちょっと飽きて来た。
なのでこうしてたまに外出する。こっちにいるからこそ出来る大胆な冒険だ。
だけど、会社の人にいつ遭遇するかわからない。出かける時、真咲はいつもニット帽を目深にかぶる。なんだかそれが、やっぱり俺は日陰者なんだなって事実を突きつけられてる気がするんだ。
だから、真咲のこの黒いニット帽が、俺は嫌いだ。
今歩いているのは、人気のない大きな川の河原。ごくたまにジョギングや犬の散歩をする人が通るぐらいだ。
「で、何でこんなとこに来たがったんだよ」
少し前を歩いていた足を止めて真咲が言う。いい加減勘弁してくれとでも言いたげに。
「べ、別に。ただウチ来て、ヤって、ばっかりだから飽きただけだよ」
ほんとはさ、星が見たかったんだ。
今夜は流星群が見える日。どうせオッサンは知らないだろうけどな。
それに、どこかに出かけるにしたって、人目が気になるんだろ?
「にしても、もうちとマシな場所あるだろ。こんなとこ寒いだけじゃねーか」
眉間にしわを寄せて不機嫌そうに吐き捨てる。
あーあ、ほんと、人の気も知らないで。
この常時ニュートラルに不機嫌で無愛想な、この男の、どこが好きかと聞かれたら…
答えに困ってしまうぐらい、たくさんある。
「じゃ、近くのホテルでも行く?」
「それじゃ意味ないだろ」
「アレでしょ、結局やらなきゃご不満てわけじゃね?しばらく会ってなかったし、溜まってらっしゃるのかな?」
煙混じりの大きなため息を吐いて、真咲が吸い殻を携帯灰皿に放り込んだ。
「ミヤビ」
いつもの低い声が、より重低音になってる。その声は、たぶん、かなり、イラついてる時…
「何でお前はいっつも憎まれ口ばっかり叩くんだ、可愛げねえな」
「か、可愛いわけないだろ!俺は男なんだからな!可愛げ欲しけりゃ他当たれよ!」
自分でもわかってるよ、真咲。
素直じゃないのはイヤってぐらいわかってるんだ。
だけど、愛人の分際で、重がられたくなくてさ、つい意地張っちゃうんだよ。
俺の本当の気持ち知ったら、真咲引くよ?
俺がほんとはこんなに真咲のこと…
「隣、おいで」
へっ?!
真咲が手招きして、自分の隣を指差している。
おいで、って言った?ねえ今おいでって?!
そんな優しい言葉かけられたの、初めてなんだけど。
いつも来いとか来やがれとか、そんなじゃない?
そんなん言われたら…行くしかないじゃん。
「ほら、そろそろ見えて来るぞ」
真咲は俺の肩を包むように抱いて、空を見上げた。
「見えるって…」
「流星群。ちょうどいい時間だ」
流星群。
知ってたんだ。
なんか、泣きそう。
「これって流れ星に入るのかな?」
涙をぐっと飲み込んで、真咲に聞いてみる。
知らん、とそっけない返事はいつも通り。
「願い事でもするのか?」
ニヤリと横目で見て来る真咲には、絶対教えない。
ーあと少しだけ、素直になれますように。
【終】
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