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【短編】一夜限りの写真

お題 ・初めて会ったあの日 ・顔写真 ・触れないで 「これこれ、今度の彼女なんすよ。めちゃ可愛くないですか?」 会社の喫煙室。 デレデレに蕩けきった顔で、部下がスマホの待受画面を見せてくる。 上目遣いにピースサインをした、いかにも男好きしそうな若い娘が画面の中で笑っていた。 特に興味もないのでチラッと横目で見て、 「そうだな」 とだけ言っておけば、部下はすっかり満足して一人勝手にノロケ話を続けている。 そこそこ長い付き合いになるが、あいつの顔写真なんて一枚も持っていない。 スマホの中にだって。 そう、一枚も。 ツーショットなんか勿論、一人で写ってる写真すら持ってない。 持っていてはいけないから。 憶えておけばいい。 記憶に、脳に、心に。 どんなあいつだって憶えている。 初めて会ったあの日の泣き顔から、 一昨日の嬌態まで。 そんなことを考えていたら、自然とまた足が向かっていた。 一昨日会ったばかりなのに。 合鍵を使い、勝手知ったる様子で、あいつの部屋に入る。 …また寝てやがる。 ほんとによく寝るやつだな。その割に育ってないが。 寝てる時と、抱いている時だけは。 いや、黙っていれば。 文句なしに可愛いんだがな。 さっきの写真の媚びた女なんかよりずっと。 最近少し短くなった、性格とは正反対の素直なさらさらとした黒髪。 目を閉じていないとわからない、意外と長くて濃い睫毛。 無駄に白くてきめ細かい肌。 もう、触れていないところはないってぐらい、触れ尽くした身体。 好き勝手弄んで、思うように啼かせて、遠慮なく己の欲を注ぎ込む。 そんなことを考えていたら、すぐにでも襲いかかりたくなって来たが、今はあえて触れないでおく。 衣擦れの音すら立てないように、スローな動きで上着のポケットからスマホを取り出した。 寝顔、だけではな。 華奢な肩や、細い指も入るように。 カシャ シャッター音ってこんなデカかったか? 気づかれやしないかと、少しだけ焦ってしまった。 出来るだけ急ぎながらも、またゆっくりと、スマホをポケットにしまう。 明日になったら消す。 今夜だけ。 「わ!なんだ、来てたのかよ、なんだよジロジロ見てキモいなぁ、起こせばいいだろ!」 …ほらな。 目を覚ました途端にこれだ。 起きてしまったなら、別の手で黙らせるしかないな。 「なあ聞いてんの、んぁ」 まだグダグダ言っているうるさい唇に蓋をする。 次に唇を離す頃には、また違った声を聞かせてくれるだろう。

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