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【短編】夫婦茶碗

BLワンドロお題【新しい食器】 それまるからほんのり続きのような、そんな感じ。 ーーーーーーーーーー 買ってしまった。 悩んで迷って、挙句、買ってしまった。 だけど、使う勇気がない。見せる勇気もない。ただでさえ狭い食器棚の飾りになってしまうのか。それも嫌だ。 あの日、店頭で一目惚れしてしまった夫婦茶碗。絶対に夫婦になんてなれないのに皮肉なもんだ。でも俺はそれがどうしても欲しくて、どうしても、あいつと一緒に使いたくて、後先考えずに衝動買いしてしまった。それからまだ、あいつはこの部屋を訪ねていない。 一人で使う茶碗は、俺のの方が先にどんどん古くなっていくんだろう。あいつのはこの先ずっと使われないままなのかもしれない。 夫婦茶碗というだけあって、大きさも色合いも微妙に違ってて、あいつのは俺のよりでかくて色も渋みのある紺色。俺のは一回り小さくて、落ち着いたカラシ色。で、形や模様はおんなじ。早くこの紺色の茶碗に、真っ白くてつやつやのご飯を山盛りよそってあいつの前に差し出してやりたい。 ガチャ、と玄関の鍵が開けられる音がした。 あいつが来た! でも、どうしよ、これ見られたら、なんて言われるだろう。だけど今まさに食事中の俺の茶碗の中にはまだ半分ぐらい白飯が残ってて、隠せる状態でもなく…。 「新しい茶碗?」 珍しく興味を示したようだ。意外と目敏いな。 「う、ん、ああ。なんとなく?気分転換に?」 目を白黒させながら席を立ち、俺はあいつの分の飯を準備する。 自分ちみたいにどっかり脚を広げてソファに座り、タバコをふかすあいつは、もう茶碗のことなど興味が無いみたいに見えた。あいつが興味あるのは飯のあとのお楽しみだけだ。 俺はなーんにも言わず、最高に自然に、あいつのとこに紺の茶碗を置いた。ああ、やっぱりご飯の白さ、つややかさが引き立つなあ。 「メシ。出来たけど」 なるべく冷静に呼んだ。あいつはのっそり立ち上がってテーブルまでやってきて、茶碗をじっと見てる。いつも何にも興味示さねーんだから、今日も流せよそこは。 「同じ柄?」 気づくなよ。いいから早く食え、んでヤろうぜ。 「なんでお前の茶碗小せえの、よく食うくせに」 「うっさいな、気に入ったんだよ、さっさと食えよ!」 「もしかして、夫婦茶碗?」 あいつの口が意地悪く、片端だけつり上がった。うわ、絶対馬鹿にしてる。夫婦でもないのに夫婦茶碗?とか思ってんだろ。 「夫婦でもないのにか」 やっぱりか。 …いいだろ、ホントになれねーんだから真似事ぐらいしたって。あーもう恥ずかしい、買うんじゃなかった。窓から投げ捨ててしまいたくなってきた。 「お前、男だろ」 「そーだけど?知ってるし知ってんだろ!そんな気に入らねーならもう使うなよ」 クソ、繊細な恋心を踏み荒らしやがって。いっつもそうだ。でも好きなんだ、クソ。 「明日、これと同じの買いに行くぞ」 これ、と指さすのは、紺色の方の茶碗。 「色とか大きさわざわざ違うモンにしなくても、おんなじのでいいんじゃねぇの。どっちも男なら」 鼻くそほじりだしそうにしれーっと、そんなこと言う。 このくだりだけで、俺の心の中は大忙しだ。一緒に買い物行けるってこと?おんなじ、って、おそろい、ってこと?夫婦になれないせめてもの、って? それとも。 本物の夫婦にケチつくからなんすかね。 夫婦茶碗は愛する本妻としか使いませんってか? なんだか喜んでいいのか悲しむところなのか、わからなくなってきた。 それでも、いいか。 一緒に買い物行って買ってきた茶碗で、テーブル挟んで一緒にメシ食えるだけでも、俺にはもったいないぐらい、充分すぎる幸せだ。

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