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一、死神

「なあ、雨宮(あまみや)、死神って信じる?」  堂本(どうもと)が言ってきたとき、僕は卵焼きを呑み込むので精一杯だった。  三学期が始まりたての金曜の校舎の屋上は、僕たちが腰を下ろしている貯水タンクわきの階段も固くひんやりとしている。どこに雪が降ってもおかしくない気温だ。  そんなだから、お弁当も冷たくなっていて、ただでさえ僕の苦手な分厚い卵焼きを食べきるのは、なかなか精神力を要する。 「……死神?」  そう、堂本と二人きりだっていう、心臓の拍動による摩擦熱で脳味噌ゆでダコになりかねない状況を、忘れさせてくれるくらいに。 「ああ。変だよな。十六の男だってのに、童話みたいなこと、いきなり言って」 「十六の男?」  十六は少年じゃないの、って吹き出してしまった。  たしかに、僕の横に座っている堂本伊月(いつき)は、同級生たちの中でも背が高いし、肩幅も広くなってきてるし、サッカーしている顔なんか、ため息がでるほどきりっとしている。  けど、僕の主治医たちのような三十四十の男の人たちとは違って、まだまだ顎のあたりの線が細いし、みんなでふざけてるときは、黒子のある右頬にえくぼをつくって小学生みたいだ。(……ここで、「猿みたいだ」とまで思えないのは、惚れた弱みかもしれない。) 「笑うなよ。戦国時代なら元服してるんだぞ」 「はいはい。それで、死神さんがどうにかしたの?」  堂本が黙っている間に、卵焼きの二つ目を、たっぷりの水で呑み込む。  ……「卵には栄養があるのよ。(りょう)も食べて強く大きくなりなさい」っていうのが母さんの口癖だ。  週に三度は朝そう言ってフライパンを動かしているものだから、本当は食べにくいんです、とは打ち明けにくい。それで、毎回ノルマのように喉に通している。ごめんなさい、と思いつつ。 「死神ってな、体も魂も生きる期間を終えているのに、心だけが自覚してない人のところに行くんだよ。……そっちが一人きりになったときにさ」 「うん」 「寝てれば、そのまま魂をつれてく。起きてれば、話しあう。言いあいになることもある。魂がもう限界だって気づかせるまで……話しあうんだ」  いつも明るい堂本がこんな切々とした声を聞かせるの、はじめてだった。 「平和的なんだね。無理矢理狩ったりしないんだ」 「平和的? そういう流派もあったみたいだけど、俺は――」 「俺?」  僕が箸をおくと、堂本は咳払いする。 「俺、死神なんだ。死神一族の子供。まだタマゴで、一人前になる試練の真っ最中」 「そうなんだ」  僕はうなずく。 「なんだよ、そのリアクション」堂本は困ったように首を振る。「ふつう、嘘とか冗談とか、返すもんじゃないのか?」 「君がそんな嘘や冗談つくなんて、ぴんとこなくて」  堂本は元気で、運動神経も抜群で、生徒からも先生からも人気で、死神なんて名乗らなくたって今の自分で満ち足りているように思えたから。  ――座っても少し僕より高い丸い目を見つめると、堂本は大きく息を吐いた。 「信じてくれるか?」 「信じるよ」  短く告げれば、右頬の黒子が動いて、彼はくしゃりと泣くように笑った。

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