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二、試練
「昨日は、末期ガンのお爺さんだったんだ」
一週間が経った。火曜と木曜と金曜の昼、僕たちは屋上で一緒にご飯を食べている。どれも卵料理がお弁当にある日だ。
「お疲れさま」
「……死にたくないって、泣きつかれた。孫が俺と同い年で、せめて大学にいくまで見届けたいって……俺も、そうできれば、したかった」
けれど、限界を迎えた魂は、殻をなくしたゆで卵のように、容易に傷つき痛んでしまう。と、大きな「生まれ変わり」の環に還すことも難しくなる。
だから回収しなくちゃならないんだ――って、僕は先週彼から聞いた。
「堂本は、頑張り屋なんだね」
僕は彼の手を取る。
「雨宮だけだ、そう言ってくれるの」
彼は、僕の肩に顎をもたれさせた。どきっとしたけど表情に出さないようにする。
うん……堂本が僕とこうしているのは、特別ななにかがあるからじゃなくて……単に、僕が彼の仲間じゃなかったから――ついでに、他人に秘密を漏らさなそうにみえたからだろう。
僕と彼とは、元々接点なんてほとんどなかった。
なにをやっても注目の的になっている堂本と、クラスの壁際でおとなしく埋まっている僕とじゃ、交わろうにも交わらない。
体育の時間だって、僕が一方的に見学ベンチから、堂本の華麗なシュートなんかを眺めて焦がれてただけ。
それがいきなり先週の木曜に「上で弁当食わないか」と僕を誘ってきたのだ。今となってみれば、僕に死神のことを話せるか判断するためのお試しだったのだろう。
けれど、彼は優しいから、罰ゲームかなにかと疑う僕の
「どうして君が、こんな僕なんかと……」
なんて問いにも、
「雨宮とずっと話してみたかったんだ」
って笑顔で答えてきた。ついでに肩を叩かれたものだから、僕は受諾しかできなかった。
堂本は今も、僕を舞い上がらせそうな触れあいをさらりとしてくる。
……でも知っている。彼は苦しい秘密を抱えるのにいっぱいで、誰かに頼りたくなっているのだ。気持ちを安らげるために、スキンシップしてくるのだ。猿時代から変わらない人間のやり方だ。
「雨宮、俺、雨宮に話せてよかった。おまえに受け止めてもらえなかったら、もう姉貴のようにだめになってたと思う」
堂本の姉は、一人前の死神になるための試練に耐えられず失踪したのだという。彼が今立ち向かっている試練――ひと月に十三人の生者へ死を告げるということに。
「……僕も、堂本のそんなところ、打ち明けてもらってうれしいよ」
人前で彼が見せない、弱いところ。どんな理由であれ、僕だけに明かしてくれるのが、胸が痛むほどにうれしい。
「なあ、雨宮。……試練のあと半分、おまえにまた、こういう泣き言いってもいいか?」
「いいよ。一人前の死神になってからも、ずっと僕に話して」
「……ありがとう、椋 」
聞き間違いかと思った。でも、もう一度、呼ばれた。
「それだけ親しくなるんだから、名前で呼ぶのも悪くないんじゃないか、って」
言った本人が、照れたような顔をする。僕の方といえば、寒さからとごまかせないほど、耳も頬も赤くなってしまっただろう。
「せっかちだね、君は」
感情をごまかそうと勿体ぶった口調で顔を背ける。「親しくなってからで、いいじゃないか」
「じゃあすぐ親しくなろう」
「もっとせっかちだよ……伊月 」
小声で言うと、そういえば離れていなかった手が握られて、心臓の置きどころがしばらくなくなった。
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