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第1話 鹿の角

 川のほとりが僕のお気に入りの場所だ。腰掛けるのにちょうどいい高さの石がある。今日もそこで作業を始めた。鹿の角を削って、釣り針を作るのだ。  釣り針作りに夢中になっていると、「マナ。」と声がした。振り向くと、ファイがいた。ついこの間、墨を入れたばかりのファイの腕と脛は、まだ赤く腫れあがっていて痛々しい。でも、それにより、一足早く大人の男として認められたファイが、僕は少し羨ましい。 「寝てなくていいの。」僕は言った。  ファイは墨を入れた日に高熱を出して、何日も寝込んでいた。まともに起き上がれるようになったのは今朝のことだ。チタ婆はさかんに自分が摘んできた薬草が効いたと触れ回っていたけど、そんなの、ちっとも役に立っていないことを僕は知ってる。ファイがこうして元気になったのは、ファイ自身の力だ。もちろん僕はチタ婆より役に立っていなかった。時々、水を飲ませてやるぐらいのことしかできなかった。夜なんかは僕のほうが心細くなって、ずっとファイの手を握っていた。熱に浮かされたファイの手は燃えるように熱かった。 「そういつまでも寝ていられるものか。マナが仕事していると言うのに。」それは僕を認めているようでいて、そうじゃない。"まだ一人前でない"マナでさえ、こうしてせっせと釣り針作りをしているのに、という意味だ。僕は今やっている仕事、つまり、釣り針作りが得意だ。ファイより上手にできることと言ったら、これぐらい。 「これ、どう?」僕は今日作った中で、いいや、これまで作った中で、一番上手に尖らせることのできた釣り針をファイに見せた。 「いいね。大きくて、しっかりしているのに、鋭い。これなら大きな魚を捕らえられそうだ。こんな硬い角、よく折らずに研げたものだ。」 「ファイにあげる。」 「おまえが使えばいい。」 「いいんだ。ファイ、大人になったから。おめでとうのしるし。」 「ありがとう、マナ。」ファイは左手で釣り針を受け取りながら、僕の頭に、右手を載せた。

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