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第2話 丸い月
大きな手だ。ファイにそんな風にされるのが、僕は大好きだ。その手からファイの力が僕の体に入ってくるみたい。「次はおまえの番だ、マナ。丸い月が3度上ったら、おまえに墨を入れる。そうしたら、マナも立派な大人だよ。」
「そうかな。キーチャが先じゃないかな。キーチャは僕より体も大きいし、この間は猪も捕まえた。僕は兎までしか捕らえたことがない。」
「猪はキーチャ1人で捕まえたわけではない。それにキーチャは乱暴だ。強さを間違えている。まだ幼い妹のクミンをいじめたりもするだろう。女や年寄りや幼い子をいじめるのは大人の男がすることではない。そういう気持ちを抑えられなければ、大人扱いはできないんだ。俺はおまえのほうがよほど大人にふさわしいと思っているよ、マナ。」
「そうかなぁ。みんなもそう思ってくれるといいけど。」僕は少し照れくさい。憧れのファイにこんなことを言われて、浮かれてしまう。本当にそうだといいなと願ってやまない。同じ「大人」になれたら、ファイともっと長く一緒にいられる。
3度丸い月が上ったら、大人たちが「次の大人」を誰にするか決める。決まったら、墨を入れてくれる。1人だけだ。いっぺんに2人も3人もが「次の大人」に選ばれることはない。墨を入れるのはとても痛くて、危険なのだという。ファイのように高熱が何日も続くのは当たり前で、それだけで済むほうが幸運だ。傷から魔物が入り込んで全身が爛れてしまったり、痛みのあまり水も飲めなくなったりして、そのまま命を落とす者だっている。いっぺんに2人も3人も死んでしまったら困る。だから、ちょうどいい「次の大人」が誰もいない、ということはあっても、2人以上が選ばれることはないんだ。順番からして、次に選ばれるのはキーチャか僕。そのどちらもだめか、そうでなければどちらか1人だけが、「次の大人」になれる。
「そうだ、マナ。鹿が罠にかかったそうだ。今日は鹿肉が食べられるぞ。」
「やった。」鹿肉は僕の大好物だ。ここのところは狩りも罠も獲物を捕まえられず、貝と木の実ばかりで肉にありつけなかったから、すごく嬉しい。それに。「ファイもたくさん食べなよ。鹿の肉は傷を早く治すし、体を強くするって。」
「マナは物知りだな。」
ファイはそう言ってくれるけど、きっとファイだって知ってることだ。僕の知っていることのほとんどは、ファイから教わったんだから。
「ねえ、ファイ。」
「うん?」
「大人になるのって、どんな気持ち? 昨日までとは違う?」
「難しい問いだな。」ファイは優しく微笑んだ。「マナにはどう見える?」
「墨を入れたところが痛そうに見える。」
ファイは笑った。「そうだな、痛いよ。とても痛い。」
僕はびっくりした。ファイが痛いなんて言うのは聞いたことがない。矢が腕を貫くほどの大怪我をした時でも平然として、そのまま狩りを続行したほどだ。
僕が何も言えないでいると、ファイはまた優しい顔で言った。「でも、おまえならこの痛みも乗り越えられるよ、マナ。それが大人になるってことだからな。」
「ファイはもう乗り越えた?」
「ああ。あとはこの赤みがひくのを待つだけだ。」
「今はまだ、触ったら痛い?」
「触ってみるか?」ファイは赤黒い腕を僕のほうに突き出した。僕は恐る恐る触る。熱い。昨夜、握った手のように熱かった。もしかしたらファイはまだかなり熱があるんじゃなかろうか。
「ファイ、熱いよ。冷やしたほうがいい。」僕は立ち上がって、すぐ近くにあった木の葉を何枚も摘む。それを両手で揉みこんで、そうすると繊維ばかりになっていく。そうなったらそれをまるめて、水に浸す。水を含んだ丸めた葉を、ファイの腕にそっと押し当てる。
「ありがとう。」ファイはにっこりと笑う。「マナは賢い。そして優しい。次の大人にふさわしい。」
でも、僕は知ってるんだ。大人になるにはもうひとつ必要だってこと。「ねえ、ファイ。」
「なんだ?」
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