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第3話 目の色

「どうしたら強くなれるのかな。」僕はとても弱い。キーチャは僕よりずっと強い。キーチャは確かに1人で猪を捕まえたわけではないけれど、あの大猪を持ち上げて運んだ、たった2人のうちの1人なんだ。体が大きく、力も強いキーチャ。女たちや年寄りや小さい子は、いざとなったら、やっぱり僕よりキーチャを頼りにするんじゃないかと思う。 「強さというのは、勇気があるということだよ、マナ。決して体の大きさや、腕の力ではない。」僕の不安を見透かすように、ファイは言う。「そして、勇気は、賢さと優しさからできるものなんだ。誰かを大切に思う優しさ。そのためにどうしたらいいかを考えられる賢さ。そこから勇気が生まれる。」  分かるような、分からないような言葉だった。でも、ファイにはその総てがあるのは分かる。優しさも賢さも勇気も。しかも、手も足も大きくて、力も強い。 「ファイ、手を握って。」僕は手を差し出した。ファイはその手を握ってくれた。「ファイと触れ合っていると、僕は勇気がもらえるんだ。なんでもできる気がしてくる。ああ、僕もファイみたいな大人になりたい。」  僕がそう言うと、ファイの握る力が強くなった。痛いぐらいだ。どうしたんだろうと思って、僕はファイを見る。 「ひとつだけ。」とファイが言った。ファイの目の色が変わる。これはファイが本気の証拠だ。大事な決断をした時や、大きな獲物を前にした時。そんな時に、ファイはこんな目をする。 「何、どうしたの、ファイ。」 「おまえの知らないことがあるよ、マナ。」 「僕の知らないことなんてたくさんある。知ってることなんか、ほんのちょっとだ。」 「大人になる、ということについて。」 「丸い月が3度上ったら?」 「そうだが、そのことではない。」 「墨を入れる。熱が出るかも。」 「ああ、そうだ。だが、そのことでもない。」 「賢さと優しさと、勇気があれば。」 「そうだ。でも、そこにおまえの知らないことが秘められている。」 「何?」 「知りたいか?」 「もちろん。」僕は何だって知りたい。特にファイが教えてくれることなら。 「知ったら、もう戻れない。いくらおまえが大人になりたくないと言っても、やめてやれない。」 「なりたくないわけ、ないだろう。男なら誰でもそう望んでる。パクアでさえ。」パクアは僕の一番下の弟。まだうんと小さい。木の実をすりつぶす臼だって1人では持ち上げられない。その木の実の粉で作ったクッキーは大好きで、いくらでも食べるけれど。 「恐ろしいことかもしれないぞ。」ファイの目はまだ炎を宿している。 「でもファイが教えてくれるのだろう? それなら大丈夫。」 「ひどく痛いことかもしれない。」 「墨を入れるよりも?」 「同じぐらいだろう。」 「それなら平気だ。さっきファイもそう言ってくれた。僕なら乗り越えられるって。」 「悲しい気持ちになるかもしれない。腹が立つかもしれない。」 「ファイはその時、一緒にいてくれる?」 「ああ。」 「だったらいい。僕はファイがいれば、何でもできるから。」 「俺もだよ、マナ。」ファイが僕を抱き寄せた。「俺もそうなんだ。マナがいてくれたら力が湧いてくる。」 「嬉しい。」  ファイは僕の耳に小声で言った。「本当にそう思うなら、今夜、俺のところに来い。チタ婆のところではないぞ。もう熱も下がったし、俺は俺の家に帰る。だから、そこに来い。月も沈んで、真っ暗になったら。」 「行ってもいいの。」 「ああ。誰にも見られないようにして。隣と間違えるなよ。」 「新しい家のほうだね。」 「そうだ。」  ファイは大人になったから、元の家の隣に、新しい家を与えられた。僕も家づくりの手伝いをした。新しいから、木や草の香りも新しくて、すごく素敵だ。ファイも、墨を入れる前までは、今の僕と同じように家族と住んでいた。これからファイは、女とそこに住むだろう。こどもが生まれたら、そのこどももそこに住むだろう。でもファイはまだ女を選んでいないから、1人だ。

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