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第4話 雉の羽根

 そんなことを考えていたら、僕の胸がチクリと痛んだ。なんだろう。ファイが気に入った女とあの家に住む。それを考えたら、どうしてだか、すごく淋しい。 「でも、もし少しでも怖いなら。知らないことを知るのが、暗闇を1人で歩くのが怖いなら、やめていい。そうしたとしても、俺はそのことを誰にも言わないし、俺とおまえは、今まで通りで何も変わらない。」ファイの声が遠くに聞こえる気がした。ファイの胸に抱き寄せられている僕は、誰よりもファイの近くにいるのに、不思議なことだ。  僕たちは集落へと戻った。女たちが料理をしている。お馴染みの栃の実を茹でる香りの中に、鹿肉が炙られている匂いが混じり、お腹が鳴る。久々の大きな獲物に、みんな機嫌がいい。  キーチャもいた。(キジ)の羽根をむしっている。自分の周りに弓矢を並べ立てているのは、その雉は自分が獲った獲物であることを誇示しているのだろう。でも、今日は雉なんかよりずっと大物の鹿が捕らえられたものだから、自分が期待していたほどには褒められもせず、だからそんな風にわざとらしく弓矢を並べているのだ。だが、その矢じりは僕が作ったものだ。キーチャは僕なんか狩りに行っても役に立たない、せいぜい矢じりや釣り針作りに精を出せ、と言う。悔しいけれど実際そのほうが役に立つのだろうと僕自身が思うから、そんな風に馬鹿にされても我慢している。キーチャはキーチャで、僕の矢じりや釣り針が、他の誰のものよりよく出来ているのが悔しいみたいだけれど。 「ファイ。」キーチャは立ち上がった。「見てくれよ。立派な雉だぜ。」ファイに見せびらかすように雉の足を持ち、突き出して見せた。 「そうだな。羽根も美しい。女たちにやるといい。」  その言葉を聞くとキーチャはにやりと笑った。「ああ、女にやろう。俺の気に入った女に。」  ファイは眉をひそめた。「おまえにはまだ早い。あるだけ全部、カヤにやるがいい。あとはカヤが女たちにうまく配るだろう。」  カヤは優しくて大柄な女だ。何かを分ける時には、大抵カヤが分ける係をする。カヤは自分の分を減らしても、チタ婆にたくさん分け与えたりする。自分だけが良い思いをしようとしないカヤはみんなに慕われているんだ。ただ、こどもはいない。随分前からニライと暮らしているのに、こどもができない。でも、いつもカヤの周りにはこどもたちがまとわりついている。みんなカヤが大好きなのだ。  だから、美しい羽根をカヤに任せるのは当たり前のことなのに、どうしてだかキーチャはムッとした顔をして、返事もせずに座りこみ、羽根をむしる作業を再び始めた。  ファイはもう何も言わず、僕たちはその場を離れた。 「まだ早いって、どういう意味?」僕はファイに聞いた。  ファイは横目でキーチャが聞いていないことを確かめると、僕に言った。「気に入った女にだけ贈り物をするのは、大人になってからだ。共に暮らし、こどもを持つ女を決めてから。そうでない内に特別な贈り物をするのは争いの元になる。」 「そうかぁ。」僕は頷いた。そして、ハッとした。「僕、ファイに特別な贈り物、しちゃったよね。あの、釣り針。」 「あ、ああ。」ファイが珍しくうろたえた。今日のファイは、なんだかいつもと違う表情が多い。「あれはいいんだ。でも、誰にも言うんじゃない。」こんな言い方も、いつものファイらしくない。  それからあとはいつも通りだった。肉を食べ、貝を食べ、栃の実の粥を食べた。それからそれぞれの家に戻る。小さなパクアはやっと歯が生えそろったところだから、鹿肉なんかは初めて食べる。そのことに昂奮してはしゃぎ、その分疲れたのか、食べ終わる頃にはウトウトしだしたから、僕がパクアを抱っこして、家に戻った。  その頃はまだ月が出ていた。僕は家族と並んで横になり、寝る準備をする。いつもならそのまま眠ってしまうけれど、もちろん、今日はそうはしない。眠くなってきたら指でまぶたを広げて寝ないようにした。やがて暗闇が深くなり、月も沈んだことを知る。家族たちが熟睡しているのを確かめて、僕はそっと家を抜け出した。

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