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第6話 俺の骨

「ああ、マナ。」もう一度唇が押し当てられた。ファイの唇はすごく気持ちが良い。本当は、明日も、明後日も、こうしていたかった。  僕たちは抱き合い、やがて、ファイの熱が僕の中に入ってきた。ファイに頭を撫でられただけでも嬉しくて仕方なかったのに、こんな風に僕の奥深くまでファイを感じられるなんて。  どうしてこれが正しくないんだろう。どうしてファイが泣かねばならないんだろう。どうして僕たちはこのままでいてはいけないんだろう。  これが大人になるってこと? 僕は、大人になればいろんなことが分かるようになるのだと思ってた。でも、分からないことは増えるばかりだ。  ファイに何度も抱きしめられた。痛くないかと何度も聞かれた。痛かったけれど、大丈夫だよ、もっと強くしてもいいよと答えた。だってファイのほうが僕よりずっと辛そうだったから。そして、本当にそうしてほしかったから。僕はその痛みが嬉しかったんだ。ファイにも幸せだと思ってほしかったんだ。そうしているうちに、痛みより幸せな気持ちのほうが大きくなって、僕は何度もファイの名前を呼んだ。呼ぶたびにファイは唇をくれて、僕の中を満たしてくれた。 「ありがとう、マナ。」最後にファイはそう言って、大きな手で僕の頭と頬を撫でてくれた。「おまえは俺に特別良く仕上がった釣り針をくれた。そして俺の望みもかなえてくれた。それなのに、俺はおまえにやるものが何もない。」 「そんなことない。たくさんもらった。知恵も勇気も。」  ファイは僕の言葉を無視して、言った。「だから、俺が死んだら、その骨をおまえにやる。釣り針でも矢じりでも飾りでも、好きにしていい。」  絶句した僕に、ファイは「少しだけでも寝るといい。」と言った。「そして、起きたら、忘れるんだ。」  僕はうんと言ったつもりだった。けれど、声が出なかった。ただ、涙が出た。ファイの胸の中で、赤子のように体を丸めて泣きながら、いつしか寝てしまった。  ファイを弔う時が。  そんなこと考えたくないけれど、もしそんな日が来るならば、きっと同じ姿で埋められていく。ファイが悪い死霊にならずに済むよう、足の骨を折られ、体を折り曲げられて。ファイが骨をくれると言うなら、人差し指の骨をひとつだけもらおう。僕に触れる、あの優しい手がいつでも思い出せるように。  まだ夜が明けきらないうちに、起こされた。 「マナ。もうすぐみんなが起きだす。その前にお戻り。」ファイは一言も昨夜のことを口にしなかった。 「はい。」 「次の大人は、おまえだからね。」頭を撫でることもしなかった。もう二度と撫でてはくれないのだろう、そのファイの逞しい腕は、まだ赤黒さが残っている。昨日の僕は、その腕をずっと掴んでいたように思う。 「はい。」  暗くて見えなくて、夢中になっていたから、ファイの腕の状態を忘れていたけれど、あんな風に僕に強く掴まれていたら、きっとすごく痛かったはずだ。でも、ファイは何も言わずに、ずっと僕を抱いていてくれた。  強くて優しい、ファイ。僕の大好きなファイ。  僕がファイの家を出ようとした時、ファイの小さな、けれどしっかりとした声が聞こえた。「いつか。」  僕は振り返らないまま、背中でその声の続きを聞いた。「俺たちの子の、そのまた子が。もっと先の子らならば、きっと。」  僕は最後まで聞かずに、ファイの家を後にした。  (完)

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