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「軍曹が……明日の夜は蛍になって帰ってくると言うものですから、その場に居ることができず店を出たのです」 「蛍?」 「ええ、軍曹は明日の朝、出撃が決まりました」  あの飛行場の……ということはこの青年もか? 「あなたも其処で?」 「はい」  国の為に死ねと言われて散っていく命。私は国の為に死ねという理由があれば死んでもいいだろう、それこそが解放だと考えていた。家から逃れるために国が大義名分をくれるなら結構なことだとすら思ったことが恥ずかしい。明るい場所で見ると男は青年といっていい容姿だ。 「失礼ですがおいつくつで?」 「19です」  私は絶句した。嫌だ嫌だと生き続けた25年。この先何年あるのかとうんざりするだけの年月。目の前の青年にとってはこの一瞬ですら重いものだという現実に言葉がでなかった。 「教育が国を救う。父はそう言って私に教育を受けさせました。ただ……今は教育で国が救える時代ではありません」 「……まあ、そうですね」 「貴方様くらいの年齢の方を街で久しぶりに見ました」 「そうだろうね。大抵皆徴兵されている。私は小さい頃に患った熱のせいで足が弱い。長い時間は歩けなくてね、所謂「不適合者」ってやつだ。 家を継ぐために生を受けたような何の役にもたたない人間だよ」 「だからこんな立派なお屋敷に」 「ここは父の知り合いの住まいで私は世話になっているだけさ。東京から疎開でね」 「東京はひどいのでしょうね」 「幸いにも大空襲を両親はかいくぐったが……父の持病が思わしく無い。かといって戻ることもできず中途半端なままだ。いつまでこの状況が続くのか」 「そう長くは……ない」  私の視線を受け止めたまま青年は何も言わない。漂うその言葉が重すぎて私は彼を見つめることしかできなかった。  飛行機と人間を爆弾として敵艦に落とす。それは戦術とは呼べない方法だ。資源も人間も限りがある。後先考えない段階に日本は陥っているということ。長くないと知りながらそこに身を置く意味と時間。……これが絶望というものか。目の前の穏やかに佇む若者に誰が何の権利があって強いるのか。それに抵抗することは許されていない。自分の運命は自分のものではないのか? 「食べる心配をしなくていいのはいいですね。家を継ぐことも大事な仕事です」  青年は話題を変えた。ほっと一つ吐息が漏れた。私は息を詰めていたらしい。 「食べる心配……まあ、そうだね。それは幸せなことなのだろう。だがね、食べ物があれば肉体は死なない。ただ……自由がなければ心は死ぬ。親の決めた知らない誰かと結婚し、子供を作って家を繋げていくだけの人生だ。それに意味があるだろうか」  青年は穏やかに微笑みながら言った。 「ええ、生きること……それだけで十分意味があります」  私はこみあげてくるものを必死に飲み込み、両拳を膝の上で握った。

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