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十
リビングの窓から夜景を眺める。焼け野原だった東京の姿はない。日本は最初からこの姿だったような現在。でも違う。ここに辿り着くまで多くの命を礎にしてきたから今がある。
8月5日……彼が旅立った日。そして10日後に終戦記念日を迎える。毎年この日が来るたびに悔しい思いを噛みしめて来た。
ただ時を過し、命が尽きる日をじっと待つ。それがあとどれくらい続くのがわからないことがもどかしい。
「こんばんは」
後ろから聞こえた声に私はゆっくり振り向いた。そこには彼がにっこり微笑みながら立っている。あの時のままの姿で。
「お久しぶりです」
君……なのか?ただでさえ弱くなっている足が完全に力を失いズルズルと壁を伝いながら私は床に沈んだ。出撃を聞かされたあの夜のように。
彼はゆっくり歩み寄り私の前に膝をついた。
「やっと会いにこれました」
「本当に君なのか?」
「ええ」
乾ききったはずの両目から涙がこぼれた。
「迎えにきました」
頬を伝う涙を払う。その手の甲には老斑が浮き骨ばって干からびた皮膚に覆われている。若く綺麗なままの彼に自分の老いた姿しかみせられないことが残念だ。
彼が私の両手をとると、みるみるうちに手の甲は瑞々しい様子に変わった。おそるおそる自分の頬に触れると忘れていた感触と弾力を取り戻している。私は可笑しくなって声をだして笑った。
「君は魔法使いみたいだね」
「可愛いことをいいますね」
「迎えにきてくれたんだね。こんなに穏やかな気持ちでいいのだろうか。君は旅立つとき怖かっただろうに」
「いいえ。あなたを迎えにいく為の旅立ちです。あなたが言った「地」に行く為、そう思う事で恐怖はなくなりました。あなたのおかげです」
「もっと早く来てくれてもよかったのに」
「いいえ。あなたにはすべきことがあった」
「そうだね。君と同じ若者を作らない為に私なりに頑張ったよ」
「ええ、知っています。そして忘れないでいてくれたことも」
「君を忘れることなんてできやしない」
フワリと抱きしめられて旅立つときが来たことを理解した。ここではもう私のすることはない。違う場所で違う人生を歩む一歩を踏み出そう。
「連れて行ってくれるのだろう?」
「ええ。『彼の地』へ」
彼が逝ってしまってからただの「地」が「彼の地」に変わった。君はそれを知っているんだね。私が心の中で繰り返しそう呼んできたことを。
「君と一緒にいくよ」
彼に口づけると二人の身体が白い光に柔らかく包まれた。さあ旅立とう……一緒に。
愛しい君と共に……『彼の地』へ。
<終>
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