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10 素肌 1

今日は金曜日ということで、吉川とは平日のように俺の部屋で会うのではなく、例の女装バーで会う約束をしていた。 今日も吉川は残業のようだったので先に移動していると、向こうの駅についたところで吉川から『今から向かいます。飯はもう食いましたか?』とメッセージが入った。 『まだ。こっちで待ってるから一緒に食おうぜ』と待ち合わせ場所を添えて返信すると、すぐさま『はい!』と返信があった。 ベンチに座ってスマホで暇つぶしをしながら待っていると、頭上から「お待たせしました」と声がした。 吉川は電車を降りてからここまで急いできたのか、少し息が上がっている。 「おう、おつかれ。  何食う?」 「ハルさんの食べたいものでいいです」 「食べたいものって言っても特にはなー」 「じゃあ、早く食べられるものがいいです」 身も蓋もない吉川の言葉に、俺はちょっと笑ってしまった。 けれども、早く食事を済ませてバーの方に移動したいという気持ちは俺も吉川と変わらない。 「じゃあ、そこの牛丼で」 駅ナカに入っている牛丼屋を指さすと吉川はうなずいたので、二人でそちらに向かった。 「そういえばお前、さっきから普通に話せてないか?」 牛丼屋のカウンター席に座り、二人それぞれに注文したのだが、吉川は普通に店員に注文を告げていた。 さっきは気付かなかったが、待ち合わせ場所で少し話した時も、周りはそれなりに騒がしかったのだが、きちんと俺に聞こえる声で、語尾も小さくならずに話せていた気がする。 「はい。  ハルさんがくれたこれのおかげで、だいぶ普通に話せるようになりました」 そう言って吉川は自分の胸元に手を当てた。 そこにはたぶん、俺がやったハート型のネックレスがあるのだろう。 「実は今日も本当は残業を押しつけられるところだったですけど、これをつけていたおかげでちゃんと『やり方教えるから手分けしてやろう』って言えたんです」 「ああ、それで今日は早く来られたのか。  そっか、よかったな。よくがんばった」 そう言って芸をした犬を褒めるようにぐりぐりと吉川の頭をなでてやると、吉川は嬉しそうな顔をした。 「ありがとうございます。  これもハルさんのおかげです」 「俺はなんにもしてないよ。  お前ががんばったからだ。  この調子ならそのうちに何も着けなくても普通に会話できるようになりそうだな」 俺がそう言うと、なぜか吉川はちょっと悲しそうというかさみしそうな表情になった。 なぜだ?と不思議には思ったものの、そこでちょうど注文した牛丼が来たので、なんとなく聞きそびれてしまった。 ────────────── 簡単な夕食を終えてバーへと移動した。 吉川はすぐに着替えに入ったので、軽く飲みながらそれを待つ。 「すいません、お待たせしました」 ちょうど一杯目を飲み終える頃、着替えを終えた吉川がやってきた。 「お、今日はワンピースなのか?  めずらしいな」 「ええ、たまにはいいかと思って」 いつもはきっちりしたスーツなどの女装を好む吉川が、今日はめずらしく小花模様の淡い色のワンピースを着ている。 あいかわらず目だけのメイクも今日はいつもよりひかえめで、いつもが仕事が出来る女性風のスタイルだとすると、今日のはまるでデートスタイルのようだと思う。 吉川の体格と顔立ちでは、そんな服を着てもやはり、どこからどう見ても男なのだが、俺を見てふんわりと微笑んだ吉川のその姿は素直にかわいいと思えた。 とはいうものの、吉川が好きで女装しているというよりは、必要に迫られて女装しているのだということを知ってしまったので、その感想を口に出すことはしなかった。 そうとは知らなかった時はよかれと思って気軽に似合うと褒めたりしていたので、吉川には悪いことをしたなと思う。 女装することで自信を得て、こうして背筋をまっすぐ伸ばして自然に微笑むことが出来ている吉川は、自信なさそうに背中を丸めている男の姿の時よりも魅力的なくらいだとは思う。 けれども出来ることなら、男の姿のままでも同じように自然な表情を見せられるようになった方が、吉川にとってはずっといいはずだ。 今度は休日に買い物にでも誘ってみてもいいかもしれない。 デート、とは言えないかもしれないが、どうせならワンピースのデートスタイルだけではなく、男の姿の私服の吉川も見てみたい。 もうあれだけ話せるようになったのだから、休日の人混みの中でも普通に会話が楽しめそうだから、それもいいかもしれないと思う。 俺がそんなことを考えている間に、吉川はママから個室の鍵を受け取っていた。 「行きましょうか」 吉川の言葉にうなずくと、俺は最後の一口を飲み干して立ち上がった。

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