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おまけ:パーティー 2

ママに連れて行かれたのは、壁ぎわにロッカーが並んだ従業員の控え室だった。 「こんなところでごめんなさいね。  あ、それと無理やり連れてきちゃったけれど、ハルさん、女装はやっぱり嫌かしら」 ママの言葉に、俺は少し考えてから答える。 「まあ、いいですよ。  今日はお祭りみたいなものでしょうし、女装は特にしたいと思ったことはありませんけど、嫌というほどでもありませんし。  ……それに、あいつが女装してた時、どういう気持ちだったのか、知りたいという気持ちもありますから」 もちろん、俺が女装してみても、あの頃の衡の複雑な気持ちが完全に理解できるはずはない。 それでも少しは自分なりに何かつかめるものがあるだろうから、この機会に試して見てもいいのではないかと思う。 俺の答えに、ママは「そう」とどことなく嬉しそうに微笑んだ。 「それじゃあ、腕によりをかけて変身させてあげるわ。  何か希望はあるかしら?  こんな服がいいとか、こういう雰囲気がいいとか」 「そうですね……スーツはありますか?  前にあいつがよく着てたような感じの」 「あー、さすがにスーツは用意していないわね。  代わりにこういうのはどうかしら」 ママがそう言いながら取り出したのは、柔らかそうな生地の上に透ける生地が重なっている白のトップスに、裾がふんわりと広がる黒の膝下のスカートだった。 確かにスーツとまでは行かないが、シンプルでそれなりにきちんとした格好で、会社で内勤の女性がこういうのを着ているのを時々見かける。 「ああ、いいですね。  それでお願いします」 「よかった。  じゃあ、私はメイクの用意をするから着替えてもらえる?  最初から下着まで女物にするのはハードルが高いでしょうから、これを着るといいわ」 ママが下着代わりに渡してくれたのは、ブラパッド付きのタンクトップだった。 パッドの中に詰め物がしてあって、着てみるとささやかな胸が出来た。 さらに用意されたタイツを履き、洋服を着る。 「着替えた?  まあ! やっぱり思った通り、よく似合うわぁ。  あら? もしかして、そのネックレス、ヨッちゃんの趣味かしら」 服の中から出しておいた衡とペアのネックレスを、ママはめざとく見つけてくる。 「あ、いえ、選んだのは俺です。  まだあいつと付き合う前に、普段女装の代わりにつけるようにってあげたやつで、ペアで2つあったので付き合いだしてから俺も一緒につけるようになって」 化粧をするために、ママに鏡台に案内されながらそう説明すると、鏡ごしにママがニヤニヤしているのが見えた。 それに気付いた俺は、顔が赤くなってしまう。 何も考えずに普通に説明してしまったが、冷静になってみればかなり恥ずかしいのろけだ。 「よかったわ。仲が良さそうで。  ヨッちゃんに2人で一緒に来なさいってメールしたけれど、もし別れてたらどうしようって心配してたのよ。  うちにも、他の似たような店にも顔を出していないようだったから、多分順調なんじゃないかとは思ってたんだけど」 確かに、もし俺たちが別れていたら、きっと衡はまた女装に逃げていただろう。 そういうことがわかっている辺り、ママは衡の事情をかなり詳しく知っているらしい。 「ハルさんは、ヨッちゃんが女装してた理由を知ってるのよね」 「ええ」 俺にメイクをしながら、ママは話を続ける。 「ヨッちゃんはうちの店に来る他の人とは違って、したくて女装しているわけじゃないでしょう?  けど、そのわりにはあの子、かわいいものは好きなのよね。  例えばその、ハートのネックレスみたいな」 「ああ、そうですね」 実際、衡はかわいいものが好きだ。 進んでかわいいものを集めたりしているわけではないが、買い物の時にかわいい雑貨を目で追っていたり、テレビで動物が出ているとどことなく嬉しそうに見ていたりする。 俺がきまぐれにクレーンゲームで取って衡にやったクマのヌイグルミを部屋に大事そうに飾っているのも、たぶん俺があげたものだからという理由だけではなく、かわいいから気に入っているというのもあると思う。 「そうなのよ。  それなのにあの子、この店の中でさえ、かわいいのが好きだって表に出せなかったのよ。  他のお客さんはみんな、この店の中でだけは自分の好きなものを思いっきり楽しむことが出来るんだけど、ヨッちゃんにはそれが出来なかったの。  ヨッちゃんにとって女装は自分を守るためのもので、それは自分の好きなかわいいものとイコールではなかったから」 この店に1人で通っていた頃の衡を思い浮かべていたのか、複雑そうな顔をしていたママは、少し微笑んだ。 「けど、良かったわ。  ハルさんが、ヨッちゃんのそういう好みにも気付いてあげられる人で。  ヨッちゃんにはもう、この店は必要ないのね。  少しだけさみしいけれど」 さみしいと言いながらも、ママは優しい微笑みを浮かべている。 「……また、時々2人で飲みに寄らせてもらいますよ。  飲むだけじゃ大して売り上げにも貢献できないから、迷惑かもしれませんけど」 「いいえ! 迷惑なんかじゃないから、是非またいらして。  ……さ、出来たわよ。  そのヒールを履いて、ちょっとここに立ってみてちょうだい」 衡が女装していた時のことを思い出して、女性らしい立ち姿を意識しつつ、全身が映る鏡の前に立ってみると、そこには自分で言うのも何だが、街を歩けば2、3回はナンパされそうな清楚系美人が映っていた。 「うわ、これまるっきり別人じゃないですか。  メイクってすごいですね」 正直、メイクはベタベタして気持ち悪いし、履き慣れないスカートやタイツやヒールも落ち着かなくて、やはり俺にとって女装は進んでしたいと思えるようなものではない。 けれども、これだけ別人のように綺麗になった自分を見ると、衡が女装を繰り返さずにはいられなかった理由が、少しだけわかる気がする。 「あら、メイクの力じゃなくて、素材がいいのよ。  さ、早く戻りましょ。  ヨッちゃん、きっと驚くわよー」 そうして俺はママに背中を押されながら、慣れないヒールのせいでおぼつかない足取りで店の方に戻って行った。 ──────────────── カウンターに座って少し待っていると、衡がやってきた。 その格好を見た俺は、思わず吹き出してしまう。 「あらやだ。  思った以上に似合わなかったわね」 ママの容赦のない言葉に、衡はへにょっと情けない顔になる。 衡が着せられていたのは、ロリータファッションとでも言うのだろうか、フリルとレースたっぷりのヒラヒラした白いドレスだった。 頭にはピンクのレースで出来た大きなリボンまで付けている。 以前衡が好んで着ていたクール系とは真逆のタイプの服だ。 着ている衡自身も落ち着かないのか、以前の自信がありそうな堂々とした態度とは違い、背中を丸めて小さくなっているせいで、似合わなさに拍車をかけている。 「ひどいですよ、ママ。  似合わないってわかってるのに、なんで着せるんですか。  俺が好きそうな服だって言ってたのに」 「あら、ヨッちゃん、そういう服好きでしょう?  似合うかどうかは別にして」 ママがそう言うと、衡はぐっと言葉に詰まった。 「確かに、好きですけどね。  似合わないのはわかってたので着ませんでしたけど、本当は前から着てみたかったですけど」 「なら、良かったじゃない。  最後に着れて」 さらっと最後と言ったママに衡は大きく目を見開き、それからひとつうなずくと、微笑みながら言った。 「……そうですね、最後に着ることが出来て良かったです。  選んでくれて、ありがとうございます」 「どういたしまして。  ところで、飲み物はいつものでいいかしら」 「はい」 ママに答えながら、衡は俺の隣に座った。 俺は衡とママとのやり取りを感慨深い思いで聞いていたのだが、衡が隣に座ると、また笑いの発作がこみ上げてきた。 「ハルさん、笑い過ぎです」 「悪い、だって、ほんとに似合わないから」 俺がまだ笑いながら何とか答えると、衡はむくれた顔になる。 「いいんですよ、最後なんだから。  ……それよりも、ハルさんはすごく似合ってますね」 「おー、そうだろう。  自分でもびっくりしたよ。  まあ、俺も最初で最後だから、似合おうが似合うまいが関係ないけどな」 「え、最後なんですか?  もったいないな、すごくそそられるのに」 そんなことをいいだした衡は、さっきまでの情けない顔はどこへやら、いつの間にか、俺を欲しがる時に見せる男らしい顔つきになっている。 けれども頭に大きなリボンをつけてヒラヒラのドレスを着た今の姿でそんな顔をされても、さすがにギャグにしか見えない。 「ねえ、晴希さん、特別に個室借りられないか、ママに聞いてみていいですか?」 俺が笑いをこらえているのに構わずにそんなことを囁いてくる衡の頭を、俺はだまってぺちんと叩いてやった。

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