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番外編 懐かしき頃

「ヒック…う、ぅ…っ」 「…朔…痛い?ごめん、ごめんね」 朔が泣いている。小さい体を丸めながらプルプルと震え、大きな瞳から大粒の涙を零す。口元を朔の血で真っ赤にしながら、明はオロオロと朔の姿を見ている。 「…ううん、大丈夫…。痛くないよ、明」 華奢な手で、無理矢理、涙を拭いつつ弱々しい声音で虚勢を朔が張る。 「うそだ。痛いんだろ?」 「ううん、痛くない。痛くないよ、明。僕が泣き虫なだけなんだ」 その言葉に、明は口を閉ざすしかなかった。  明が朔で夕食を取った後、朔は疲れたのかすぐに眠ってしまった。小学校に入ったのだから、別々のベッドにしようかと母から提案されたが、一緒に寝たいと言ってそのままにしたキングサイズのベッドの上で、泣き腫らした真っ赤な目元を閉じて、朔はぐっすりと眠っている。まだまだ体力のない幼い朔には、血を抜かれることは負担のようだった。朔と同じ華奢な手で、明は朔の頭を優しく、優しく撫でる。罪悪感を拭うように。  キィッと小さく扉が開く音がすると、スーツ姿の父が二人の部屋に入ってきた。 「…父さん…、朔がかわいそうだよ」 明が小さく言葉を零す。 「慣れなさい、明」 厳しい声が、その弱さを叱る。 「…っ、おれ、別に朔の血じゃなくても、いいよ。父さんと母さんみたいに、人間とか動物とか食べる。人間が食べてるものだって、食べるよ」 一瞬、怯むものの負けじと明は声を上げた。 「明。俺と母さんは双子じゃないから、そうしているだけだ。お前達は運良く双子になったんだから、今のまま、朔の血を飲め」 父の言葉に、明は顔を歪ませた。 『運良く』なんて、きっと朔は思っていない。もちろん、明も思っていない。むしろ、運が悪かった。人間や動物は『食べ物』として認識しているから、特に可哀想と思わない。けれど、同じ吸血鬼で、しかも同じ顔をした生き物を食べるなんて。痛いと泣くくせに、明が食べられなくなるからと、痛くないなんて嘘をつく。そんな朔を、これからもずっと食べなくてはいけないなんて。  黙りつつも、理不尽な現実にわなわなと怒りを露わにした拳に、父は気づいたようで、深く長い溜息を明の横でついた。 「…お前はまだ小さいから分からないだろうが、餌を探すのは今の時代、容易じゃない。朔は人間の食べ物で生きていけるが、俺たちはそれじゃあ生きていけないんだよ、明。お前も、朔も、この現実に慣れるしかないんだ」 「……っ」  分かっている。分かっているけど―――やりきれない。 一度、朔を噛みたくないと食事を拒否したことがあった。しかし、たった一日我慢しようとしただけなのに、猛烈な吸血欲求に襲われて、朔が一度に吸われても平気な限度を超えて飲んでしまった。もちろん、それで死ぬことはないが、しばらく朔は起き上がることが出来なかった。 吸血鬼である以上、吸血欲求には逆らえない。食欲は本能で、生存に不可欠だから。 ――――どうせ逃れられない運命なら、自分の方が食べられる側が良かった。  自然とわき上がる涙に、明は唇を強く噛んだ。ブツっと切れて、血が溢れる。痛い。けど、朔はもっと痛い。ずっと痛い。 「…まだ早いと思ったが…まあ、いずれ必要となるんだしな…」 父が独りごちたかと思うと、不意にしゃがみ込み、明の目線まで下がる。そして、怒りを宿した明の瞳をしっかり見ながら、静かな声音で話し始めた。 「明。朔を食べる時には、しっかり首筋を舐めてあげなさい。一応、俺たちの唾液には痛みを麻痺させる成分が入ってる。…吸血鬼にはあまり効き目はないが、少しでも多くしてやれば、多少は変わるだろう」 「…知ってるよ、それくらい」 「それと、朔が気持ちいいと思うところを一緒に触ってやれ。痛みを紛らわせてやるんだ。反対側の首筋とか、脇腹…それと、一番はペニスだな」 「ぺに…す…?」 性器のことだとは分かったが、どうしてそんなところを触らなければいけないのか、幼い明には分からず、小さく首を傾げた。 「男はそこが一番気持ちよくなるんだ。それに、もう少し大人になったら、どちらにせよ、お前は朔の体を慰めなきゃならない。朔の性欲は、食べる側のお前がしっかり管理してやらないとだからな」 「…う、ん」 難しい言葉にピンと来ず、明は曖昧に頷いた。 「難しく考えなくていい。食べる時に、朔が気持ちよさそうにしているところを触るだけだ。そうすれば、お前も朔も、嫌な思いをしなくて済むようになる」 自分が嫌な思いをするのはどうでも良かったが、少しでも朔の負担が軽くなるのならば、明は何でもしてやりたいと思った。今度は、意思を持って頷く。 「……分かった」 「それと、20歳までは朔の血だけにしなさい。朔もお前の吸血に慣れなくちゃいけないからな。それ以降は、お前達の好きにしていい」

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