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before Lost-time Kiss side A 1

ああ、夜を飛んでいるみたいだ。 ヘッドライトに照らされて、僕らの進む先は闇にふわりと浮かび上がる。暗がりの中、イタリア製のスーパーカーが、高速道路を滑るように駆け抜けていく。 このまま時空を超えることができればいいのに。 ここではない、いつかへ戻ることができれば。 そんな思考を、低く静かな声が遮る。 「アスカ、仕事が入った」 運転席をちらりと横目で見ると、ユウもこちらに視線を向けていた。 「明後日の午前九時からだ」 「わかった。あとで住所を教えて。名前も」 ユウはこうして真夜中の高速道路をドライブするのが好きだ。僕が家にいるときは、大抵一緒に連れ出してくれる。 近未来からタイムスリップしてきたかのようなフォルムのランボルギーニは、とても車高が低い。だから、こうして速度を上げて走っていると、まるで自分が鳥になって地面すれすれのところを低空飛行しているかのような気分になる。 本当はもっと高く飛べる。けれど、あえてこの位置で世界を眺めるために駆けている。 ユウがこの車を好んでいる理由が、どことなくわかる気がした。 「……名前は聞き忘れたな」 ユウが呟くようにそんなことを言うから、僕は少し驚く。失念という言葉は、ユウには無縁のものだ。 つまり、相手の名を知らない方がいいということなのだろう。 「住所がわかれば行けるから、大丈夫だよ」 四日間を共に過ごす相手が誰であろうと、僕に拒む理由はない。それがユウの選んだ人なのだから。 大型サービスエリアへと続く側道に入る。 広々としたパーキングには、とまっている車が少ない。けれど僕たちを乗せた車は、群れからはぐれた鳥のように、一番端のスペースにとまった。 ユウはエンジンを切り、僕のところまで手を伸ばしてシートベルトを外してくれた。 「どうしたの」 ユウが僕の手首を掴んで引き寄せた。思いがけない行動に、つい僕はその顔を見上げる。 「アスカ」 低く甘い声で、ユウは僕の名を口にする。まるで、恋人に呼びかけるかのように。 「四日間に囚われなくてもいい」 「どういう意味?」 暗闇の中でその眼差しが、微かに揺らめいた。この夜を残酷なまでに美しく映す、鳶色の瞳。 「お前が自分の居場所を見つけたら、無理して帰って来なくてもいいということだ」

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