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OVERNIGHT KISS 1
人生は退屈だ。
十八年間生きてきて、俺にはいい加減それがわかってきてる。
ガキの頃から欲しいものは何でも手に入ったし、望むことは何でもできた。
親が付けてくれた優秀な家庭教師のお陰で、勉強に困った覚えもない。
愛は金じゃ買えないなんてよく言うけど、それは嘘だ。
人は金で買える。実際今まで俺がそうしてきたんだから、間違いない。
俺の持ってるものが欲しくて近づく男、媚びを売る女。どいつもこいつも、掃いて捨てるほどに群がってくる。不自由なんて何もない。
だから、俺は気づいてるんだ。
俺はこの先、つまらない奴らに囲まれながら親の会社を継いで、つまらない女と結婚して、つまらない人生を送るということに。
「サキト、迎えに来たよ」
午前0時。クラブのVIP ROOMで湧き起こっていた喧騒が、突然入ってきた男のひと声でピタリと静まった。
「誰だよ、咲都」
隣に座る賢史がニヤけながら俺に目を向ける。黒曜石のテーブルに飲み干したばかりのショットグラスを置いて、俺は乱入者を見上げた。
年は、俺より少し上だろうか。
人間離れしてると言ってもいいほどきれいに整った小さな顔。真っ直ぐに俺を見つめるふたつの眼差し。生まれたての赤ん坊みたいに澄んだ瞳には、大人びた翳りが射している。
陶器のような白い肌は、シャンデリアの灯りに照らされて光を放っているかのようだ。
艶やかな桜色の唇が、ゆっくりと開いた。
「サキトの兄です」
そう言って、微笑みの形に唇を結ぶ。
「へえ、咲都にこんなきれいなお兄さんがいたんだ」
ざわめきが起こるのを気にも留めずに、そいつは俺の腕を掴む。繊細できれいな手だった。
「咲都、行っちゃうの?」
「えー、つまんない」
名前も知らない女どもが口々にそう言う。つまらない女がつまらないと訴えてくることにうんざりする。その場のノリでベッドに行くこともあるけど、昼に会えばすれ違っても気づかないような、くだらない関係。
俺はこの状況で改めて自覚する。自分を取り巻く環境にうんざりしてることに。
「うん、ごめんね。支払いは済ませておくから、ゆっくり楽しんで」
自称俺の兄は、そう言って俺の腰に手を回し、ズボンの後ろポケットから財布を取り出した。
「おい」
さすがに眉を顰めて咎めようとすれば、有無を言わさぬ眼差しが、煌きながら俺を捕らえる。
「さあ、行こうか。サキト」
──どっちがつまらない? 夜光虫みたいに寄って来るこいつらと、この得体の知れないきれいな男と。
俺は自分の意思で立ち上がる。
導かれるままに喧騒に背を向けて、振り返らずに部屋を後にした。
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