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OVERNIGHT KISS 2
「俺、兄貴いないんだけど」
店の前で、腕を掴むその手を勢いよく振り解くと、そいつは全く動じることもなく涼やかに微笑んだ。
「知ってる。ひとりっ子だよね」
全てを見透かすような澄んだ瞳に見つめられる。世界の時間が止まったかのような気がした。
ガラクタをひっくり返したみたいな夜の街で、まるでここだけが異空間だ。
「お前、何なんだよ」
「アスカ」
「──は?」
「僕の名前」
名前を訊きたかったわけじゃない。お前の正体が知りたいんだ。
なのに、アスカはただ妖艶に微笑むだけだ。
「大方、親父に頼まれでもしたんだろ。俺がちゃんと学生生活を送ってるか見てこいって」
さっきから抱いていた考えを口にすると、アスカは答えずに少し肩を竦めた。否定しないということは、肯定と捉えていいだろう。
「とりあえず、 もう遅いから帰ろうか。サキトのマンションに」
「まさか、お前はついて来ないよな」
「そのまさかだ。そういう契約だから」
意味のわからないことを言ったかと思えば、もう向こうに見える空車のタクシーに向かって手を挙げている。
「おい、勝手なことすんなよ」
黒塗りのタクシーが目の前で止まり、後部ドアが開く。アスカは俺を押し込むようにリアシートに乗せて、自分もその後に続いた。
アスカが運転手に告げた行き先は、紛れもなく俺が一人暮らしをするマンションの住所だった。
どういう関係かは知らないが、親父が俺の様子を窺うためにこの男を寄越したことには違いない。
中途半端に過保護な親を忌々しく思いながら、溜息をついて左隣を見る。
窓の外を流れるイルミネーションをぼんやりと見つめるアスカの横顔は、息を呑むほどにきれいだった。
「さっきのお店にいたとき」
桜色の唇を動かしながら、アスカがこちらに視線を流す。
「サキト、すごく退屈そうだったね」
吸引力のある瞳は、夜の街が放つ全ての光を集めたかのように強く煌めいていた。
そうだ。俺はこの世界に退屈してる。
「親父に言っとけよ。あんたの息子は品行方正に真面目な生活を送ってるってな。追い返されただなんて言われたくないから今夜は泊めてやるけど、朝になったら帰れ。わかったか」
アスカは返事をせずに、また窓に目を向ける。俺は深く溜息をついて、酔いが回った身体をシートに預けた。
さっきまであんなに賑やかな空間で馬鹿みたいに騒いでいたせいか、今はこの沈黙が心地好かった。
部屋に入った途端、アスカが少しだけ目を見開く。
「いいところに住んでるね」
都心に建つ高層マンションの最上階、2LDK100平米。
大学の近くで一人暮らしをしたいと言った途端親から買い与えられた部屋だ。幾らだったのかは知らないが、普通のサラリーマンには買えないような値段だったに違いない。
調子よく酒を飲んだせいで頭がぼんやりしていた。俺はリビングにアスカを置いて、バスルームへと行く。
熱いシャワーを浴びて戻ると、アスカは立ち尽くしたまま窓の外を眺めていた。
まるで、夜空の向こう側を一心に見ようとしているかのようだった。
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