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OVERNIGHT KISS 3
「お前も浴びてこいよ。バスタオルは洗面所に置いてるから」
声を掛けると、アスカは頷いてこちらへと歩み寄ってくる。そういえば、男をここへ連れて来たのは初めてだと気づく。
すれ違ったその瞬間、花のような甘い匂いが鼻を掠めた。
「一緒に寝よう」
素っ裸で腰にバスタオルを巻いて寝室に入ってきたアスカが、そんなことを口にする。突拍子もない提案に、唖然としてしまう。
「はあ?」
「僕、一人じゃ寝られないんだ」
子どもみたいなことを言って、アスカは俺の横たわるベッドに浅く腰掛けた。
「バカ言うなよ。なんで男とひとつのベッドで寝なきゃいけないんだ」
「あなたの息子は品行方正だ」
突如言葉を置くようにそう呟いて、アスカは悪戯っ子のように目を煌めかせた。
「お父さんにそう言ってほしいんでしょ。未成年がクラブでお酒を飲んでたことは、内緒にする」
そう言ってアスカはしたたかに微笑む。
何なんだよ、こいつ。それで俺を脅してるつもりか。
「……わかったよ」
余計なことを親父に吹聴されたくはない。それでもこうして掌の上で転がされてることにムカついた。
「とにかく、服ぐらい着ろよ」
「今日はちょっと、持ち合わせてないんだ。この依頼、急だったから」
"今日は"って、何なんだ。いちいち引っかかるな。
「俺のを貸してやるから、着ろよ」
「寒くないからいい。このままで」
そう言ってアスカは、ベッドに潜り込む。甘い香りがふわりと漂ってくる。
何なんだ、これは。
「サキト、おいで」
囁きが甘やかに俺を誘う。
俺は直近にあるアスカの顔を見下ろす。瞬きする度、きれいなカーブを描く頬に長い睫毛が影を落とす。澄んだ眼差しが、俺を映し出していた。
まるで初めて女を抱いたときのように、心臓がバクバクと音を立てて鳴り響く。
そのきれいな瞳に、吸い寄せられて。
唇を、重ねた。
柔らかい感触。物足りなくて舌を挿し入れると、吸いつきながら絡めてくる。
俺は相当酔ってたし、いろんなことにうんざりしてた。
だから、これは退屈しのぎ。
「ん……」
鼻から抜けるようなアスカの声が、下半身を刺激する。
「……アスカ」
唇を離して初めて名前を呼ぶと、アスカは閉じていた目をそっと開いた。
その情欲に潤んだ瞳を覗き込んで、俺は確信する。
退屈な俺の世界に飛び込んできた、アスカ。
退屈じゃない、何か。
こいつは多分、それを持ってる。
酔いそうなぐらい甘い匂いを放つ肌に惹き寄せられて、首筋に唇をあてる。
小さな吐息。きめ細かい肌をそっと舌でなぞっていくと、時折喘ぎ声が漏れる。
「俺、結構酔ってんだけど」
顔を上げて言い訳がましく言うと、アスカはきれいな顔で俺を見つめた。
「知ってる」
免罪符を与えるようにそう言って、急に俺の身体を押し退けて起き上がる。
気が変わったのかと思ったけれど、違った。そのままぐるりと反転して、俺を押し倒す。
艶やかなその微笑みを見ながら、ようやく気づいた。
ああ、俺は罠に掛かったんだ。
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